2016年07月31日

ネタ話『病理医ヤンデルさんのツイート群に感心し、さっそく応用した主張を展開して勝ったニセ科学批判批判者』

 そのニセ科学批判批判者であるAさんは、病理医ヤンデルさんのツイート群と、関連する「はてなブックマーク」を発見しました。

 読み終えたAさんは、「常勝のニセ科学批判批判につながるヒントがありそうだ」と考えて、病理医ヤンデルさんのツイート群を自分なりに整理することにしました。

 ・まずは、病理医ヤンデルさんは次のように主張していたことがあったらしい。

 「他人に向かって、『客観的で科学的な思考を身につけることは大切です、いたずらに感情論を振り回してニセ科学を擁護するような態度は慎みましょう』と説教している人たちが、
 専門の話題についてはともかく、専門外の話題になると、『自分の主観的な感情を振り回して語ってドヤ顔で締めくくる』という態度を見せていたりする」

 「このように、SNS上においては、『俺が考えることは正しい、俺が発露する言動も正しい、この俺が他人の論を批判しても、他人が俺の論を批判することは許されない』という、まるで横山三国志に登場する曹操さんのような人が、多く存在しているのだ」

 ・という感じのことをSNS上で述べていたら、ニセ科学を批判している人たちから反論されたらしい。

 ・中でも特に、『自分はニセ科学蔓延問題を憂慮して真摯に活動していますと称する人たち』からは、もの凄く反論されたらしい。

 ・その当時こそ、理不尽な反応だと呆れかえった病理医ヤンデルさんだったが、現在は諦めの境地に達しているらしい
 「そうですよ、皆さんこそが社会を代表する常識人ですよ、私はアウトローですよ」

 「モヒカン刈りの頭にして、単車、あるいはバギーに乗って荒野に赴いて、『そこの地リス、さがれ! 巣から離れろ! ナチュラリストを目指している俺様の、ご観察だ〜!!』と言えばいいんでしょ」

 「直射日光に閉口している地リスを見つけたら、『暑いぜ〜、暑くて熱中症になるぜ〜』と言って水と塩を差し出せばいいんでしょ」という感じで諦めている境地らしい。

 ・今回のツイート群は、「もの凄い反論を見せた人たち」に自分の言葉が届かなかった当時を思い出したことによる、病理医ヤンデルさんの個人的な愚痴らしい。

 ・個人的な愚痴を公の場で述べる御方に対しては、ガンダムのシャアさん風の言葉でなぐさめてあげるリアクションが正しい読者のあり方であろう。
 「あなたは十分に言ってやった、今後は直接の対話を一切やめるのだ、彼ら彼女らの活動を遠くの大所高所から眺めて仄めかし程度に言及してあげることだ、良い傍観者になるのだな」

 ・ところで病理医ヤンデルさんは、『具体的にぼくが最近どのようなアレをナニしたのかをつぶやくほど厚顔無恥ではない』と仰られているが、
 この発言こそ、『議論で常に勝ってしまうニセ科学批判批判、最低でもイーブンに持ち込んで終わらせて、自分の負けは絶対に決まらないニセ科学批判批判』を模索している私にとって、大いに参考になった部分である。

 ・つまり病理医ヤンデルさんは、『SNS上で具体的にアレをナニしましたと述べる行為は、厚顔無恥な行為である』と暗に言っているのであり、
 ニセ科学に批判的な人たち、中でも特に『自分はニセ科学蔓延問題を憂慮して真摯に活動していますと称する人たち』に対して暗の勝利を収めているのである。

 ・今後、万が一にも、「もしかして、それは暗に私のことを言っているのですか?」と問い質す人が現れたとしても、
 「いいえ、あなたのことではありません」
 「もちろん、『あそこに居る誰某のことですよ』などと、具体的に名前を言うつもりもありません
 「具体的にアレをナニしましたとSNS上で発表してしまうという、どこぞの厚顔無恥な人のようにはなりたくありませんから」と返してあげれば、さらなる勝利を収めたことになる。

 ・二段階で勝利を収められる手法というわけだ。さっそく私も応用せねばならんのである。

 Aさんは、自分のブログに戻って主張しました。
 「他人に対して科学的に厳密な話の仕方を求めるが、自分自身はなんじゃそらな言葉を並べてドヤ顔で締めくくるというニセ科学批判者は、もの凄く多い

 「そう、この宇宙空間に存在するニセ科学批判者たちの大半が、そのような矛盾した者たちで占められている」

 「いったい私は、どのニセ科学批判者たちを指して言っているのか?」

 「それは、あえて公表しない」「諸君の想像にお任せする」「以上で、私の主張を終えるとする」

 すると、「ニセ科学蔓延問題を憂慮して真摯に活動している人たち」の端くれを名乗るBさんが現れて質問しました。
 「その話は本当ですか?」
 「Aさんがネット上で目撃した少数の例を即座に宇宙規模にまで広げて語るという、過度の一般化ではありませんか?」

 「違うというのであれば、具体的な根拠を示してください」
 「もちろん、次のような言葉が返らないことを私は信じています」

 『過去に一部のニセ科学批判者たちと議論したことがあったのですが、自分にとって不満な結果で終わってしまいました』
 『ゆえに、ネット上で見かけたダメなニセ科学批判者たちの数を宇宙規模にまで増やして語って、自分の不満の解消を図ろうとした次第です』
 『それとは無関係に、単なるネガティブキャンペーンとしても、【ダメなニセ科学批判者たちが、宇宙規模でたくさん存在しているぞ!】と主張することにより、』
 『ニセ科学批判の界隈に疎い一般市民たちが、【そんなにダメなニセ科学批判者が居たのですか!?】とびっくりするわけです』
 『自分の不満が解消する。ネガティブキャペーンも成功する。一石二鳥です』

 Bさんの話を聞き終えたAさんは、釈明を始めました。
 「言っておくが、先ほどの私は、『自分自身のごく狭い観測範囲に限られた話を即座に宇宙規模にまで広げて語ってドヤ顔で締めくくる』というボケを実行したにすぎない

 「それにもかかわらず、具体的な根拠を示して欲しい、事実か否か検証しますからなどと、B氏が真面目にリアクションするとは何事か」

 「しかも、『他人の非科学的な発言には厳しく、自分の非科学的な発言には甘いニセ科学批判者って、もの凄く多いんだよね〜』という印象を、私が個人的に懐いていたのは事実である」

 「その事実に対して、B氏が文句を述べるとは何事か」
 「これだから、世のニセ科学批判者たちは駄目なのである」

 「事実は事実として、しっかり受け止めること」
 「ボケはボケとして、しっかり受け止めること」

 「そうすることにより、強固なニセ科学ビリーバーすらからも、『信用に値するニセ科学批判者だ』と評価され、言葉を重く扱ってもらえる」

 「というわけで、B氏はブロガーのボケに正しくリアクションができる読者になるための修行の旅に今から出たまえ」

 それを聞いたBさんは、「私が真面目に質問したにもかかわらず、その質問は不正解のリアクションだから駄目なのって、一体どういう返し方ですか?」
 「そのような態度を見せるAさんこそ、不正解のリアクションではありませんか?」と言おうとしましたが、
 「ここは一つ、様子を見るべきだ」
 「Aさんの態度に疑問を懐いた読者は、私以外にも居るはずだ」
 「その数は、少なくないはずだ」
 「多くの読者から批判されたAさんは、さすがに反省するだろう」と考えて、発言を中止しました。

 他の読者たちは、感想を述べました。「Aさんの言うとおりだ」
 「Aさんは、分かりやすくボケていた。それが認識できなかったB氏は、ダメすぎだ」

 「しかもAさんが、『他人の非科学的な発言には厳しく、自分の非科学的な発言には甘いニセ科学批判者って、もの凄く多いんだよね〜』という印象を個人的に懐いていたのは事実にもかかわらず、その事実を否定しようとしたB氏は、さらにダメすぎだ」

 「事実を無視して主観でAさんを批判して自己陶酔するB氏は、植物園に赴いてキンモクセイの花言葉でも暗唱していろ」

 それを聞いたBさんは、悲観しました。
 「ああ、Aさんのブログにおいては、私一人がクリティカル・シンキングを大事にしている読者だったのだ」

 「私以外の読者は、『ごく狭い観測範囲の話を宇宙規模に広げて語ってドヤ顔で締めくくる』という形のボケと、『個人的な印象論を現実の世界で起きた客観的な話であるかのように語ってドヤ顔で締めくくる』という形のボケこそが、大事だったのだ」

 「過度に一般化したニセ科学批判批判、個人的な印象論で語るニセ科学批判批判こそ、一般の市民たちにとって抜群に受けるボケだったのだ」

 「それに比べて、生真面目にニセ科学を批判してきた私の活動は一般市民たちの受けがすこぶる悪く、ニセ科学蔓延問題の重大性もまったく理解してもらえず、ただ私自身のリソースを無駄に消費していたにすぎない活動だったのだ」

 「しかしながら、いまさら現実を把握したところで何かが変わるわけでもない。世俗から離れ、隠棲の余生を送るしかない」

 言い終えたBさんは、宇宙空間に赴いてファントムゾーンに身を隠しました。

 このようにしてAさんは、「ニセ科学蔓延問題を憂慮して真摯に活動していますと称する人」のうちの一人を、ネット上から退場させることに成功したのでした。(完)

 『教訓:この話は、一言の前フリすらも無く、「他人の非科学的態度には厳しいが、自分の非科学的態度には甘いというニセ科学批判者が、この宇宙空間にもの凄く多く存在する」というボケを披露すると、
 「ニセ科学蔓延問題を憂慮して真摯に活動していますと称する人たち」のうちの少なくとも一人がボケと認識できず、真面目な質問を送って来るので、その際には、
 「先ほどの主張は、具体的な根拠を示せるような話ではない」
 「私自身のごく狭い観測範囲の話を、即座に一般化して語ってみせるというボケである」
 「しかも、私の個人的に懐いている印象の話を、現実の世界で起きている話であるかのように語ってみせるという、二重構造のボケである」と自分で自分のボケを説明する羽目になるということを教えています』

2016年07月23日

Pi7さんのコメントから初めて知った2つの考え方と、化学工業日報の血液型性格判断の記事から得た、4つの教訓

 次の記事を発見した。
 はてなブックマーク - 化学工業日報
 はてなブックマーク - Pi7 のブックマーク
 はてなブックマーク - はてなブックマーク - Pi7 のブックマーク

 今回、「非科学的な話だと自分で書いてある記事にマジレスしてはいけない」という考え方があることを、私は初めて知った。

 また、「非科学的な話だと自分で書いてある記事にマジレスすることと、読解力がないことはイコールである」という考え方があることも、初めて知った。

 「非科学的な話だと自分で書いてある記事」を読んだ場合のリアクションとしては、「沈黙を保つ」「乗りツッコミを入れる」「被せのボケを実行する」などが正解であり、
 「マジレスする」を選択した場合は、Pi7さんから不正解と認定されてダメ出しされてしまうわけだ。

 これは勉強になった。

 読者様も、「非科学的な話だと自分で書いてある記事に対して、科学的な見地からの感想を述べる人」を目撃した際は、「そのような行為はやめたほうが良いですよ、Pi7さんから『読解力がない』と認定されてしまいますよ」と教えてあげよう。
・・・・・
 ところで、次のような疑問を持つ読者様も居ることだろう。
 「非科学的な話だと自分で書いてある記事にマジレス以外のレスをしたいけれど、そもそも『マジレス』と『マジレス以外のレス』を分ける基準って何かしら?」

 「どこかに、明確な基準でも書いてあるのかしら?」

 「なにしろ、私自身はマジレスしたつもりがなくても、Pi7さんから『マジレスに値する』と認定されて、『読解力がない』とダメ出しされてしまう可能性も、ゼロではないでしょうから?」

 このような疑問を懐いた場合は、Pi7さんの「はてなブックマーク」を熟読し、「非科学的な話だと自分で書いてある記事に対するPi7さんのリアクション」と同じリアクションを採用すれば、他の人からはともかく、Pi7さんからダメ出しされる可能性は絶対にないために、心安らかで居られる。

 また、「非科学的な話だと自分で書いてある記事にマジレスすることと、読解力がないことはイコールであるって、本当ですの?」という疑問を持った読者様も居られることだろう。

 もっともな疑問であるし、私自身も、「確かに、素直に受け入れてまったく問題ない考え方とは言いがたいのかも?」と思ったりしたこともあったが、
 そんなことを言っていると、Pi7さんから「読解力がない」と認定されてダメ出しされる恐れがあるゆえに、
 この疑問の心を無理やり抑え込んでいる現状だったりする。
 (追記)
 以上のようなことを書いたのちに、化学工業日報の該当記事を読んだ。
"B型"の科学と非科学

以下、感想である。
 「あのublftbo氏も『道化的なものなのかな、と思った』と仰られていたように、
化学工業日報としては『血液型性格判断を安易に信じることの滑稽さを世間に広く知らしめたい』という考えのもと、
あえて『自ら血液型性格判断のビリーバーのごとく振る舞ってボケてみせる』という選択肢を採ったのであろう」

 「とはいうものの、分かりにくいボケ方ではある」

 「かえって、化学工業日報の科学リテラシーの程度に疑問符がつけられてしまうボケ方になっている」

 「このような分かりにくいボケ方では、Pi7さんがダメ出しした『非科学的な話だと自分で書いてある記事にマジレスする』という読者が一部に現れてしまうことも、それほど不思議なことではない」

 「むしろ、分かりにくいボケ方を披露した化学工業日報の自業自得と言ってよい」

 「ここで、教訓である」

 教訓、その1:「ニセ科学を批判すると同時にボケを披露しなければいけないという考えに至った時は、読んだ人たち全員が誤解しないようなボケを披露すること」

 教訓、その2:「読んだ人たち全員から乗りツッコミが寄せられるボケ方ならば、成功と結論できる」

 教訓、その3:「意図的にボケていることが伝わらず、かえって科学リテラシーの程度を疑われてしまった場合は、『読者の理解力がないんだ、私のボケ方は悪くないんだ』と言ってドヤ顔で締めくくるという選択肢もあるが、やはり素直に自分のボケの失敗を認めたほうがよい」

 教訓、その4:「そうすれば、将来により良くボケている自分の姿が、ネット上に存在できるのだ」

 さしあたり、このような教訓を与えてくれた化学工業日報の分かりにくいボケに感謝する。

2016年07月20日

ネタ話『菊池誠教授の「あれは釣り、極端なのを見せておいて、云々」というツイートを「アンカリングのことだ」と読み解いた後、ネット上から消えたニセ科学批判者』

 そのニセ科学批判批判ブロガーであるAさんは、菊池誠教授によって公開された次のツイートを読みました。
 >あれは「釣り」。極端なのを見せておいて、それよりはましなものを法案として出してくる

 読み終えたAさんは、感想を述べました。
 「以前から疑っていたが、やはり菊池誠教授は『エア御用』と呼ぶべき存在だったようだ」
 「もちろん、私も『エア御用』などという、子供の悪口レベルの言葉は使用したくない」

 「なにしろ、『エア御用』という言葉を肯定的に使用すると、論者としての信用が大幅に低下するらしいからだ

 「しかしながら、今の私には他にしっくりくる言葉が一つも思い浮かばない」
 「ゆえに、『エア御用という言葉を適用して良い』という結論になる」

 Aさんのブログの愛読者たちも、賛同しました。
 「Aさんの言うとおりだ。今回の菊池誠教授のツイートは、迷いなく『エア御用』と評してよい内容だ」

 すると、ニセ科学批判者の端くれを名乗るBさんが現れて言いました。
 「その菊池誠教授のツイートは、『アンカリング』のことを言っているようですね」
 「他の菊池誠教授の関連ツイートを見ても、『あんな「釣り」みたいな分かりやすい改憲草案よりも、もっと巧妙なやつが出てくるほうが恐いと思うんだがなあ』と発言していますね」
 「これも、やはりアンカリング的な内容になっていますね」

 「というわけで、今回の菊池誠教授のツイートに対して、子供の悪口レベルである『エア御用』という言葉を肯定的に使用したAさんの信用は大幅に低下したと思われますが、いかがでしょうか」

 それを聞いたAさんは、釈明しました。
 「今回、菊池誠教授のツイートを読んだ後の私が、「いかにもエア御用な発言だ」という印象を持ったことは、事実である」
 「また、私は菊池誠教授が発言する度に、『なんだか、エア御用っぽい言い方なんだよな〜、もしかしたら、本当にエア御用の人なんじゃないのかな〜』という感じで常日頃から疑って見ていたのも、事実である」

 「この二つの事実に対して、B氏が文句を言うとは何事か」
 「これだから、世のニセ科学批判者たちは駄目なのである

 「事実は事実として、ちゃんと認めること
 「そうすることにより、的外れなコメントを述べない論者に成れる」
 「蒙昧な思考を捨て去った、一段階あがった状態の論者に成れる。木星の衛星軌道上でモノリスと出逢ったボーマン船長の如し

 Aさんのブログの愛読者たちも、同調しました。「Aさんの言うとおりだ」
 「B氏のコメントは、自分にとって都合の良い解釈だけをする、『確証バイアス』そのものだ」

 「客観的な視点を持つことがまったくできず、自分に都合の良い見方で物事を判断して満足してドヤ顔で締めくくる視野狭窄のB氏は、土星のカッシーニの間隙に赴いて『隙間の神』でも探していろ」

 それを聞いたBさんは、悲観しました。
 「この私は、菊池誠教授のツイートをアンカリングのことだと読み解いた」
 「しかしながら、世の人々は、間違った読み解き方だと言って私を非難した」

 「そうなのだ、客観的な読み解き方を提示するよりも、自分の感情を織り交ぜた読み解き方を提示したほうが、一般大衆の受けが抜群に良いのだ」
 「しかしながら、いまさら現実を知ったところで何も変わらない。引退しよう」

 言い終えたBさんは、ネットの果てに流れている川を目指して旅立ちました。

 川に到着したAさんは、そこに居た漁師に向かって、「自分だけが清い思考の論者だ」「ちりあくたの思考が蔓延るネット上には、心底から失望した」と愚痴った後、川の流れに身を委ねました。

 ネットの世界からリアルな世界に戻っていくAさんの後ろ姿を見送りながら、漁師は言いました。
 「ちりあくたが蔓延るネット上だからこそ、それを掃除するニセ科学批判者の働きが重要になるんですね」
 (ネット上のちりあくたは、消毒だ〜!!)
 (B氏は働け、働け! ネット上のちりあくたがゼロになるまで、B氏はニセ科学批判に働くんだ!

 「もちろん、力不足で役立たずなニセ科学批判者が、ネット上から淘汰されてしまうのも、自然の道理なんですね」
 (B氏よ、ニセ科学の蔓延に憂慮して対抗言論を掲げていた過去を忘れろ、これからは無名の一般人として過ごせ、気楽な隠居生活を送るのだな)

 「そういう意味では、自らネット上から存在を消したBさんは、賢いニセ科学批判者だとも言えるんですね」
 (もうやめた、科学思考の、啓蒙は
 (やった! B氏のニセ科学批判は完! これからのネット上は、ニセ科学を利用して銭を儲ける詐欺師の天下だぜ!)
 (お気の毒ですが、ネット上から永遠に消え去ることを選択したがゆえに、己の貴重なリソースを使って取り組んだB氏のニセ科学批判活動は、『なんら生産性のない、無意味に時間を消費するだけの活動だった』という結論で決まってしまいました

 Bさんの活動を総括してあげた漁師は、にっこりして川霧の向こうに消えました。
 以上、「菊池誠教授の『あれは釣り、極端なのを見せておいて、云々』というツイートを『アンカリングのことだ』と読み解いた後、ネット上から消えたニセ科学批判者」というお話でした。

 (このネタ話は、次の記事にインスピレーションして作りました)
 はてなブックマーク - きく☆まこ。さんのツイート あれは「釣り」。極端なのを見せておいて、それよりはましなものを法案として出してくる
 (以下、引用です)
 >arvanteさん
 >あの改正案はアンカー効果かフレーミング効果を狙ったものだと言っているようにしか読めないが、なぜか反発を招いている
 >これらの反応こそ確証バイアスの典型的な例だろう

 >shinzorさん
 >「巧妙なアンカリング効果を狙ったもので,注意しろ」という意味と本人が解説
 >twitterは言葉足らずで文脈がわからない

 >shironeko_tさん
 >徹底的に酷いものを最初に見せて、次に「あれよりはマシだが十分酷い」ものを出してくるから気をつけろ、という話だと思うが? https://twitter.com/kikumaco/status/754282270748311552?s=09

 (きく☆まこ。(@kikumaco)-「釣り」の検索結果 - Twilogより、2016年07月19日(火)20:53:47に公開されたツイートからの引用)
 >菊池誠教授
 >まったく人の話の筋を読まん人ばかりだぜ
 >自民党の改憲草案なんか「釣り」です
 >あんな分かりやすいものなら、国民投票で否決されるのは明らか
 >あれより巧妙なやつが出てくるから注意しなくちゃいけないという話だよ

2016年07月10日

「もしもアニメ『ポケモンXY』でジムリーダーのマーシュさんが、『NATROM批判者が見せる不思議な態度の変遷』について質問し、サトシが推測で答えたら」と考えました

 ナレーター:「旅するポケモントレーナーのサトシは、ジムリーダーのマーシュにポケモンバトルを挑み、勝利を収めた」
 ナレーター:「マーシュは、勝利の証であるフェアリーバッチをサトシに渡す際に、質問した」

 マーシュ:「あんなあ、『私はその辺の専門家よりも豊富な科学知識を持っている者です』という雰囲気を出していた人がなあ、」
 『ご覧のとおり、私は科学の素人です、それゆえに、科学の深い話などできるわけがないのです』
 「という雰囲気を出し始めるときって、NATROMはんと議論して不利な状況に追い込まれたときなんよ。あれって、なんなんやろねえ?」

 サトシ:「そうですねえ、たしかに不思議ですねえ」
 サトシ:「おそらくですが、『NATROMさんの言っていることは科学的に間違っているので私が正してあげましょう』と思ってNATROMさんと議論を始めたものの、」

 サトシ:「実は自分の主張のほうが科学的に間違っているようだと、薄々気がつき始めて、」
 サトシ:「でも、自分の主張の誤りを素直に認めてしまうと、なにかに負けたような気がして嫌なので、」

 サトシ:「それだったら、科学の素人という立場を強調すればいい、そうすれば、自分の主張の誤りがそっくり消えてしまう理屈になるはずだ、」

 サトシ:「自分にとって不利だった議論を、イーブンに持ち込めるはずだ、」

 サトシ:「第三者のROMたちも、素人の自分に同情してくれるはずだ、」
 サトシ:「一方のNATROMさんに対しては、反感を覚えてくれるはずだ、」

 サトシ:「つまり、議論の流れが不利になったときに科学の素人であることを強調する行動は、科学的な面はともかく、情緒的な面では自分の勝利で終わらせることが見込めるのだ、」
 サトシ:「そういう考えに至ったので、科学の素人アピール作戦を実行したんだと僕は思います……って、はいっ?」

 サトシ:「いや、その、NATROM批判者がネット上で見せた態度の変遷と、僕とマーシュさんで行ったポケモンバトルとの関係が一つも分かんないけど、」
 サトシ:「うーん、なんか分かります!」

 マーシュ:「うふふ、おおきに」

 ナレーター:「サトシの答えに満足したマーシュは、フェアリーバッチを渡した」

 サトシ:「フェアリーバッチ、ゲットだぜ!」

 サトシ:「よかった、僕のリアクションはマーシュさん的に正解だったんだ」(完)

 (以下、参考にした文献です)
 はてなブックマーク - nagayaさんのツイート あと色々ご提示いただいてますが、私に対するダメだしみたいなんでお答えしなくてもいいですかね。文系の私にこの議論の適格性がないことは私がいちばんわかって

 ネット上でカテゴリや属性を使って自分を卑下することの危うさ - 思索の海

ネタ話『ニセ科学批判クラスタから、「言葉の定義が雑だ」と指摘されて落ち込むクララさんと、叱咤するハイジさん』

 ナレーター:「その日のクララは、アルプスのハイジに悩みを打ち明けていました」

 クララ:「ハイちゃん、聞いてえなあ」
 ハイジ:「どないしたん、クララ? 暗いトーンの語調して」

 クララ:「さっきな、ネット上でニセ科学批判クラスタと議論してたらな、うちの言葉の定義が雑すぎる言われてしもてん」
 ハイジ:「なんやクララ? そんなことで、落ち込んどん?」

 ハイジ:「あんな、そんな暇があったらな、自分の言葉に自信を持てるように、むっちゃ科学の勉強したら、ええやんか」
 クララ:「そないなこと無理や……。うちは、ムラビト的思考やもん」

 ハイジ:「なに言うてんねん、クララは都会育ちでインテリ層のお嬢様やんか」
 クララ:「もう、ええねん……。一生このまま、科学よりも情緒を優先するムラビト的論者として過ごすねん……」

 ハイジ:「そうなん? まあ、そういうネット人生もありなんやろな」
 ハイジ:「科学的なツッコミが来ても、ひたすら感情論で押し返せば、少なくともニセ科学批判クラスタに反感を持っている人たちの支持は、獲得できるやろな」

 ハイジ:「ニセ科学批判クラスタに反感を持つ人の溜飲を下げてあげる論者として、重宝されるやろな」
 ハイジ:「クララ自身が納得しとんのやったらええねん、アタシも応援するで」

 ハイジ:「公平無私の第三者を名乗りながらも、主流の科学を散々に貶してドヤ顔で締めくくるという芸風は、このアタシでも楽に実行できるやさかいにな」
 ハイジ:「ほな、さっそくニセ科学批判クラスタと一般市民たちの間を分断する作業に、取りかかろか」

 ハイジ:「とくに自然科学者たちに対しては、ルサンチマンを剥き出しにしてdisってあげるんや」
 ハイジ:「ほら、自然科学者たちって、なんか特別って雰囲気が出てるような印象があるし、実際に話を聞いててもイラっとする印象があるやろ?」

 ハイジ:「もちろん、自然科学者たちに対するルサンチマンな感情はアタシの個人的なものやから、本気でネット上に表出させてしもたときには、一般市民たちに引かれて支持を失うかもしれんけど、」
 ハイジ:「アタシ自身の心はすっきりするねんやから、自然科学者たちに対するルサンチマンな感情をネット上で発散しても、オッケーという結論になるんやな」

 ハイジ:「って、クララの、どあほ!」

 ハイジ:「そんな後ろ向きの思考やから、言葉の定義にうるさいニセ科学批判クラスタになめられるんや!」
 ハイジ:「あほや……。あほなクララは、嫌いや〜!」

 ナレーター:「ハイジは、クララを罵りながら小屋の外に走り去ってしまいました」
 クララ:「ハイちゃん……」
 クララ:「乗りツッコミの、乗りの部分が長いねん……」

 ナレーター:「ハイジは、アルプスの山々を泣きながら走りました」
 ハイジ:「うわあ〜ん(泣)」

 ナレーター:「本当のクララは、ニセ科学批判クラスタと対等に渡りあえるモヒカン的思考を秘めているはずと、ハイジは考えていました」
 ハイジ:「うわあ〜ん(泣)」

 ナレーター:「しかしながら、現実のクララはムラビト的論者の立ち位置にこだわり、モヒカン的論者への転身を拒みました」
 ハイジ:「うわあ〜ん(泣)」

 ナレーター:「そんなクララの怠惰な態度が悔しくて、ハイジは泣きながらアルプスの尾根を走り抜けたのでした」
 ハイジ:「あほやあ〜っ」「クララは、あほやあ〜っ」「クララは、底なしの、おおあほやあ〜っ」

 クララ:「ちょっとハイちゃん、待ちいや!」
 ハイジ:「なんやクララ、アタシのすぐ後ろを走っとったんか?」

 クララ:「あほあほ言うほうが、ほんまのあほなんやで、ハイちゃんの、どあほ!」
 ハイジ:「えっ?」

 ハイジ:「クララが、disった?」
 ハイジ:「あのクララが、アタシにdisを呈した?」

 ハイジ:「うわあ〜、クララがdisったあ〜」「クララが、モヒカン的論者としての第一歩を踏み出したあ〜」「うわあ〜ん(泣)」
 クララ:「ハイちゃん、もう泣くことない」

 クララ:「ニセ科学批判クラスタのもっさりした言論くらい、うちがdisり倒してやるっちゅうねん、任しとき」
 ハイジ:「うわあ〜ん、クララと私の立場が逆転してるやんか〜、こういうオチやったんや〜、うわあ〜ん(泣)」
ラベル:ルサンチマン

2016年07月08日

「もしも『Ζガンダム』のクワトロさんとカミーユさんが、『林道が工事中のときには必要性を疑問視し、林道が完成したときは好きなだけ使い倒そうとする登山客』の実在性について語っていたら」と考えました

 クワトロ:「このネット上には、次のような登山客が実在するはずだ」

 【クワトロが想像する登山客の姿
 ・まずは、知らない山に向かう
 ・知らない山に到着し、ワクワクしながら登る
 ・登山道の途中で、林道の工事現場を目撃する
 ・ワクワクな気持ちが醒める
 ・次のように疑問を呈する

 『この林道は、この山にとって、本当に必要な林道なのだろうか?
 『いや、そんなことはどうでもよい』
 『人手が全く加えられていない原始の山が好きな私にとっては、興ざめの対象にすぎない』
 『この人工的で野暮な山には、二度と来ない

 ・しばらく時が経ったころ、林道の完成を知る
 ・真っ先に駆けつける
 ・好きなだけ車で林道を通行する
 ・バリエーション登山を、存分に楽しむ
 ・もちろん帰りも車で林道を通行する

 ・自宅に到着する
 ・シャワーで汗を洗い流す
 ・リビングで一息つく
 ・書斎に赴く
 ・自ブログに登山の感想を書き込む
 『新しい林道のおかげで、信じられないくらい楽な登山ができました^^』『これからも、あの林道を使い倒してみせますね^^』『舗装が剥げて穴ぼこだらけになるまで使い倒しますね^^』

 クワトロ:「このような登山客がネット上に一人くらいは実在するはずだ。それを探せ、行くぞ!」

 カミーユ:「居るわけないだろ、そんな矛盾した登山客なんて!
ラベル:ガンダム
posted by TAKA at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 山登りに関するネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする