2017年03月09日

笑いと勝利を同時に取れる論者になるためのメモ、その17

 今日の、漫画『北斗の拳』に登場するジャギさんのセリフ、「悪魔がほほえむ時代なんだ」風の、前フリ:
 『よそで起きている数多の騒動に対して、あと知恵バイアス的なダメ出しを片っ端から放って、一人勝ちを積み重ねることの、なにが悪いのだ?』

 『言質を取られて鋭いツッコミをもらうのは嫌だな、うっすらとほのめかした主張ならば、少なくとも完全な負けに追い込まれる事態はないのかな? と思って、』

 『どうにでも解釈できる曖昧な文章を作って公開して、なんとなく自分が完全勝利しましたとアピールすることの、なにが悪いのだ?』

 『いまのネット上は、』

 【傍観者の立ち位置をキープする・ぼんやりとした批判を述べる・具体的な話は絶対にしない】

 『という芸風に神経を集中することで、自分自身が微笑んでいられる時代なんだ!!』
・・・・・
 ブログ主である。ボケ方の参考となる記事をいくつか見つけたので、以下にメモしておく。

 NATROMさんが2017年02月23日に公開されたツイート
 @nagaya2013 たぶん、私が何を言っているのかnagayaさんはわからないと思います。
 まさしくその点が問題なんです。
 普通に教科書を読めばわかることをわからないままにしていて平気な、知識を得る努力を怠り続けているその知的に怠惰な態度が問題なんです。

 nagaya2013さんが2017年02月23日に公開されたツイート
 「知的に怠惰」の定義をお知らせください。
 また、あなたの定義する知的に怠惰な人間の思考パターンについて書かれた論文があれば紹介していただけますか。(知的に勤勉である人のふるまいってこれでいいですかね)@NATROM

 私の感想:「なるほど、まずはNATROMさんが、」

 『これこれこのような態度が、知的に怠惰な態度である』
 「と語ったのを見届けたうえで、」

 『知的に怠惰の定義を教えてください』
 「と質問して、NATROMさんから、」

 『はい承知いたしました、私が考えるところの知的に怠惰とは、これこれこのような感じの態度を表すのであります……って、さっきのツイートで言ったばかりですやん!』

 「と乗りツッコミを誘う方法があったのか」
 「これをもう一歩すすめて、」

 『一からですか? 一から説明しないと、基本的な教科書すらも読まずに主流の医学は間違っているなどと主張することの迂闊さが、理解できないのですか?

 「とNATROMさんにリアクションしてもらえると、より完成されたボケ方になるわけだ、メモメモ」

 tsai note 論より詭弁 反論理的思考のすすめ
 記事から引用
 たちの悪い人は、相手に対する定義の要求を武器の1つとして使用する
 定義を求めれば相手は困るはずだと予想しての幼稚な反撃に過ぎない
「相手を不安定にする問い」
「あなたにとって『知的である』とは、何を意味するのですか?」
 正当な定義の要求と引っ掛けるための定義の要求
 われわれが論理的であるのは、論理的でないことが不利になるときだけでよい

 私の感想:「なるほど、たとえばNATROMさんと議論している途中で、」

 『なんとなく、自分にとって不利な流れになってきたような?』
 『でも、いまさら自分の主張が間違っていましたと認めることも、なにかに負けたような気がして、嫌だし?』

 「と思った際は、NATROMさんに向かって次のように質問すればよいわけだ」

 『知的って、どういう意味ですか? 定義を教えてください』
 『怠慢って、どういう意味ですか? 定義を教えてください』
 『教科書って、どういう意味ですか? 定義を教えてください』
 『それから、私は今から自分のブログで、』

 【疫学の知識もないまま主流の医学に物申す俺さまは、風車と反作用したドン・キホーテすら超える存在なのだ、ヒャッハー】

 『という記事を書いて公開しようと考えているのですが、これってどういう心境ですか? 定義を教えてください』

 「という感じで、定義についての質問を次々と投げかけると、NATROMさんは、」

 『どうやら今の私は、メイズの真ん中に一人ぽつんと残された状態のようだ……』

 「と疲れを感じて議論の場から降りるために、自分にとって不利だった流れをイーブンにして終えることができるのだ」

 「ところで、『論より詭弁 反論理的思考のすすめ』という本は、『ネット上の議論は、誠実さが第一だよ兄貴!』という考え方を持っている論者はともかく、」

 『相互理解とか、信頼の構築とか、有益な対話をして充実感たっぷりとか、そんなの関係ないです』
 『常勝している自分の姿を演出することだけに気を配っていれば、十分なのです』

 「という考え方を選択している論者にとっては必読の本だ、メモメモ」

 はてなブックマーク - 【東日本大震災】なぜ福島デマが残り続けるのか?専門家が勘違いしてたこと

 ublftboさんのコメント
 「勘違いしてた」て本当だろうか。
 「分かっていたけど足りなかった」でなく、「勘違いしてた」?
 だとすれば途轍もない稚拙さだけど。
 「話を聞かない」「ものを理解しない」人と接していれば最初から気を遣います。

 私の感想:「なるほどであるが、」

 『言っておくが、この記事における【専門家は勘違いしてた】という主張は、私の取材した範囲内の情報で導き出した結論を述べたにすぎない』

 『ゆえに、私の取材の範囲外に【専門家は分かっていたけど足りなかった】という事例があったとしても、なんら不思議はない』

 「と述べると反論できたことになるので、石戸諭さんは参考にしてほしい」

 「しかしながら、『そのような反論の仕方はできない』と思った際は、次のような反論の仕方がある」

 『言っておくが、この記事における【専門家は勘違いしてた】という主張は、あの西澤真理子さんが述べている主張であり、それを私は紹介したにすぎない』

 『ゆえに、紹介したにすぎない立場の私に向かって読者が疑問を述べることは、筋違いという理屈になる』

 「このように述べても反論できたことになるので、石戸諭さんは参考にしてほしい」

 「しかしながら、『その反論の仕方もできない』と思った際は、次のような説明の仕方がある」

 『言っておくが、地球人の大半は、己の仮説や信念に合致した情報ばかりを集める傾向があるのだ』
 『もちろん、そういう私も、』
 【専門家は勘違いしてたのか?……いや、きっと勘違いしてたに違いない!】

 『という、自分の思い込みに合致した情報ばかりを集めていたりする』
 『つまり、今回の私の記事は、確証バイアスの実例を我が身で示したものだったのである』

 「と種明かしをすると、疑問を懐いていた読者も納得して帰るので、石戸諭さんは参考にしてほしい」

 kamakiri3さんのコメント
 何故メディアの人たちは科学の専門家に”より良いコミュニケーション”を求めるんだろう。
 メディアの伝え方を振り返ってみる方が<次の災難>に対して有効じゃないですかね。
 もちろん市民の側の我々の態度も省みて。

 私の感想:「なるほどであるが、」

 『メディア側の人がメディアの伝え方を振り返ることは、自分たちが過去にしてきた伝え方の是非を直視することになるから嫌なので、』

 『それならば、自分たちと関係がない人々、たとえば自然科学者たちによる伝え方の是非について語っていたほうが、他人事だから気が楽でよい』

 「と述べると釈明できたことになるので、石戸諭さんは参考にしてほしい」

 nemuiumenさんのコメント
 なんでコミュニケーションがみたいな結論になるんだ。違うだろ。
 社会として、合理的なこと、専門的なこと、難しいこと、感情に寄り添わないことを馬鹿にして、感情的なもの、コミュ力(笑)を評価して来た結果だ。

 私の感想:「なるほど、やはり次のようなニセ科学批判批判は最強か」

 『科学的に正しい事実だけを淡々と述べるだけの態度は冷たい感じがする、ゆえに、ダメなコミュニケーションの仕方だと結論してよい』

 『その一方で、科学的に不正確な話を肯定しながら相手の心情に優しく寄り添ってあげる態度は、温かい感じがして人間味があふれていて互いに心地がよい、ゆえに、正しいコミュニケーションのあり方だと結論してよい』

 「このような感じのニセ科学批判批判を、私は2006年のころから時々見かけて参考にしていたのだが、」

 「今回の記事を書いた石戸諭さんも、ついにこのタイプのニセ科学批判批判の価値を認めたのだ」

 「常勝のニセ科学批判批判を探求する仲間が増えてめでたいので、メモメモ」

 はてなブックマーク - Hideyuki Hirakawaさんのツイート 「科学か感情か」という、科学以外はすべて感情的で不合理みたいな荒涼とした世界観はどうやって培われてしまうのだろうか。

 shinzorさんのコメント
 存在しない世界観がどうやって培われてしまうのだろうか,という妄想はどうやって培われてしまうのだろうか

 私の感想:「なるほどであるが、」

 『先ほど公開した私の世界観は、自己の観測範囲にある情報から導き出した内なる結論を、ネット上で述べたにすぎない』

 『ゆえに、私の世界観が現実の世界と事情が異なっていたとしても、なんら不思議はない』

 「という言い方をすると釈明できたことになるので、hirakawah氏は参考にしてほしい」」

 chochonmageさんのコメント
 だーれがこんな極端な物言いをしていると?
 STSってこうやって分断を煽るためにあるわけ?
 「コミュニケーション」の研究ってこういうことなんかい?(あ、こうしてサンプル取ってるんか)

 私の感想:「なるほどであるが、」

 『言っておくが、【だれそれが・どこそこで・《科学か感情か》という世界観を・培っていました】などと、具体例を示すことはできない』

 『なぜならば、具体例を示すと具体的な議論が始まってしまうからだ』

 『具体的な議論に入ることは避けねばならない、常勝している自分のイメージが崩れるおそれがある』

 「と述べると釈明できたことになるので、hirakawah氏は参考にしてほしい」

 ublftboさんのコメント
 結局あなた達は文句を言って混ぜっ返す以外に何を成してきたんだよ

 私の感想:「なるほどであるが、」

 『絶対的な傍観者、絶対的な第三者という立ち位置を守りつつ、主流の科学を重んじる者たちの言うことに逐一ダメ出しを放ってあげ、』

 『主流の科学に不信感を懐く人々の溜飲を下げてあげると同時に、自分たちの支持者になってもらうという、一石二鳥の作業に取り組んでいた』

 「と述べると釈明できたことになるので、hirakawah氏は参考にしてほしい」

 mogmognyaさんのコメント(:2017年3月9日の現在では閲覧できなくなっているようです)
 この人たちは対立を煽るか、安全圏から石投げるかしかしてなかったイメージ。

 私の感想:「なるほどであるが、日ごろからニセ科学批判者たちと直接に論戦して傷だらけになっているニセ科学批判批判者の立ち位置から見ると、」

 『我が身に石が飛んでこないような言論を披露して済ませるというhirakawah氏の立ち位置は、憧れの圏じゃのう……』

 『それにくらべてワシは、バカ正直に真っ向からニセ科学批判批判をぶつことしかできんからのう……』

 「と嘆息できるのだ」

 k-takahashiさんのコメント
 また問題をすり替えてる。
 異なる感情の衝突を裁定するのにどのように科学を使えばよいか?という問題なのに、
 自分に都合の悪い科学的事実を「感情」という言葉で否定しようとしている

 私の感想:「なるほどであるが、そのような態度をネット上で見せることは、」

 「主流の科学に不信感を懐く人たちに喜んでもらえるという、hirakawah氏の判断があるわけであり、」

 「実際に支持の声をもらうことが多かったという過去の経験もあるために、」

 『支持の声が減ってきた、批判の声は増えてきた、そろそろやめるべきだ』

 「と判断する日まで、hirakawah氏は現状の態度を続けるであろうと予言しておく」

 locust0138さんのコメント
 平川氏と春日氏はなぜ常に傍観者を気取り、無責任な言説に終始するのだろうか。
 STS研究者である以上、当事者であることを避けられないと思うが。
 そして福島をめぐる状況を改善することに貢献できているとは思えない。

 私の感想:「なるほどであるが、傍観者の立ち位置から離れてしまうと、」

 『今度は自分の実力が試される番となる、今度は自分が矢面に立たされる番となる、今度は自分が役立たずとみなされて支持を失う番となる』

 「という事態が起きる可能性も0ではないために、」

 『面倒な作業は他の学者たちに任せる、自分はダメ出しを放つ傍観者の立ち位置から動かない』

 「という態度が合理的な選択といえるのだ」
・・・・・
 以上でメモを終えるとする。また笑いと勝利を同時に取れる論者に一歩近づいてしまった。