2014年01月25日

長引く議論が更に長くなった場合の大半は、罵り言葉の勝負に移行する

 (注:この記事は、一部の内容が古いものになっている可能性があります。しかしながら、「たとえ古い内容の記事であっても、当時はどのような雰囲気だったのか知りたいのだ。温故知新が、私の座右の銘だったりするのだ」と思った読者様ならば、参考になる可能性があります)

 ……NATROMさんのブログ記事、『「化学物質過敏症って心因症なの?」に対するお返事』のコメント欄で、   anan1477さんの口調が最近(注:といっても2013年1月25日の時点)は激しいものになっているようです。
 http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00131123#c

 私がanan1477さんを初めてお見掛けした時点では、罵倒の言葉を使っていなかったと記憶しています。
これからも強い言葉を使い続けるならば、anan1477さんの意見から説得力が減少していく一方だと私は思います。
 もちろん、「相手も使っている。それに対抗しているだけだ。本心で強い言葉を使っているわけではない」ということかもしれません。
 それも結構なことです。しかしながら、「相手の強い言葉に反応しない。自分は、淡々と意見を述べて終える」という感じが、より良いと思います。

 ちなみに、私の主観データによると、ネット上で行う議論には次のようなケースが多々あります。 
 「まずは、他所様の議論に参加して異論を述べる」
 「理解してくれる人が少なかった」
 「更に、異論を述べる」
 「相変わらず、理解してくれる人が少ない」
 「意地になって同じ主張を続ける。多少の嫌味も添えて」
 「すると、理解してもらうどころか、反発する人が増えた」
 「やがて本論は疎かになり、枝葉のことで遣り取りするようになり、ついには『どちらがより罵りの言葉を多く出せるか?』という勝負に移行する」
 「聴衆の大半は、呆れて去る。一部は残る。罵り勝負の結末を見届けるために」

 そういえば、あのマイケル・シャーマーも、「十分に長く伸びたネット上の議論。それは、聴衆の立場から見れば罵り合いと区別がつかない」と言っていたような記憶があります。(記憶違いではないと思います)

 NATROMさんや他の読者様が仰られているように、anan1477さんは議論をしばらく休止して、今一度、「ところで、私が本当に言いたいことは何だったのか?」という感じで確認の作業を行うと、「どちらがより罵りの言葉を多く出せるか勝負」に移行する可能性が低くなると思います。

 (2014年02月07日の追記)
 最近のコメント欄では、みたて様の発言も多くなりました。
 それを見た私の感想は、次のようなものになりました。
 「自分は、ブログの記事に好きなだけ異論を述べる。ブログ主から反論されたときは、『ああ、そうですか』という薄いリアクションで済ます。この態度を披露するたびに、発言の説得力がどんどん減っていく」
 「もちろん、ご本人が数多の芸風から選んで採用した芸風を披露しているだけなのであるからして、聴衆である我々も、『ああ、そうですか』という薄いリアクションで受け止めてあげるべきなのである。以上である」

 私の場合、常の問題として、「いかにして自分が発する言葉に、より多くの説得力を持たせることが出来るか?」と考えています。その意味で、みたて様の発言は大いに参考になる次第です。

 (2014年02月11日の追記)
 みたて様のコメントに、ブログ荒らしを予告するような言葉が出ていたようです。
 http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00131123#c1391936108

 議論に負けたくないという気持ち、高いプライド、自分は間違っていないという信念、それが原動となったのでしょうか。
 もちろん、みたて様ご自身がブログ荒らしを実行するとは思えません。
 みたて様は、議論の進行に不満を覚えて一発逆転を策したのでしょう。自分の意見を聞き入れてくれない人達を、ぎゃふんと言わせたかったのでしょう。

 しかしながら、実際には逆効果です。その言葉を見た人々は表面上は冷静ですが、内心は「北斗の拳」風にテンションが高くなっています。
 「ひゃっはっは、荒らし予告だあ!」
 「荒らし予告が、ネット上で見つかった!」
 「ふふふ、荒らし予告がネット上で見つかったようだな」
 「ぐふふ、荒らし予告が出たからには、もう誰もdisり倒すことを遠慮できん!」
 「ネットモヒカン族のお前たち、荒らし予告を目撃して総ツッコミを入れる考えは持ったのかい?」

 荒らし予告を行った者は、遠慮なき総ツッコミのターゲットになるのです。
 自ら選択した結果ですが、とても残念なことです。
 あのカミーユ・ビダンさんも、次のように嘆息しています。
 「ネットモヒカン族が集まる議論の場に出てこなければ、プライドが傷つかなくて済んだのに」

 読者の皆様も、よく見ておいてください。ネットモヒカン族と議論して負けるとは、こういうことなのです。

(2014年02月13日の追記)
 みたて様のコメントに、「Dos攻撃に関する話は、NATROMさんを釣るための嘘だった」という感じの言葉が出たようです。
 http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00131123#c1392167181

 このような言葉を一度でも述べると、その後に幾ら真剣に発言しても、聴衆は「今度も釣りかしら?」と疑いの心で見るようになります。
 自分に批判的な人が多い議論の場において、ブログ荒らしを匂わす発言や後釣り宣言を披露すると、ますます自分の意見を聞いてもらえなくなります。
 自ら選択した芸風とはいえ、残念なことです。
 一度落ちた信用を回復するためには、並々ならぬ努力が必要です。あの「動物農場」に登場するボクサーさんと同じくらいの努力が必要です。

 (2014年04月08日の追記)
 最近のみたて様は、DoS攻撃に関する主張が二転三転としているようですね。
 DoS攻撃の方法について詳しく知らないと言ってみたり、実は結構知っていると言ってみたり。
 みたて様は、DoS攻撃に関する話題については、もう触れないほうが無難です。
 このまま続けると、どんどん発言の信用性が落ちていきます。
 あのシーシュポスさんが、「みたて様、私と一緒に岩を運びましょう」と声をかけてくる状態になります。

(2014年04月26日の追記)
 みなて様は、「今後も認めないだけの下らない返答しか無いと思うのでまたしばらくお暇します」と述べた14時間後に、再度コメントを投稿しています。
 http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00131123#c1398385036
 http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00131123#c1398437167
 その間、ほかの人のコメントはありません。
 結果的に、みたて様はコメントを連投したような状態になってしまいました。
 というわけで、「今後も認めないだけの下らない返答しか無いと思うのでまたしばらくお暇します」という台詞は、迂闊に述べないほうが良いと思った次第です。
 もちろん、次のようなツッコミを貰うことが目的だったのならば、話は別です。
 「相手の返事に大して期待していないような振りをしながらも、実はめっちゃ相手の返事が気になってますやん? 全然、お暇する気がないですやん!」

 (2014年4月30日の追記)
 みたて様のコメントより引用
 >自分は適当でも相手は許さないというNATROM思想の方は哀れだと思います
 http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00131123#c1398601865

 みたて様は過去に、「DoS攻撃については詳しく知らない」という感じのことを言ってみたり、「DoS攻撃については詳しく知っている」という感じのことを言ってみたりしています。

 そして、みたて様は「今後も認めないだけの下らない返答しか無いと思うのでまたしばらくお暇します」と言った後、あまりお暇せずにコメントを投稿しています。

 どうやら、みたて様は次のようなお考えを持っていると思われます。『自分の適当な言動は、許される。相手の適当な言動は、許されない』

 まさに、「横山三国志に登場する若き日の曹操さん」の考え方と同じ状態ですね。『俺は天下に背こうとも、天下の人間が俺に背くことは許さん』

 (2015年10月29日の追記)
 最近の私は、NATROMさんのブログのコメント欄に「傍観者」というハンドルの御方を発見しました。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00131123#c1431525594
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00131123#c1433424008
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00131123#c1433429712
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00131123#c1433436380
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/00131123#c1433442496

 「傍観者」氏の芸風は、様々なニセ科学批判批判の要素をコンパクトに織り交ぜた見事な芸風です。
 「表面上は一傍観者としての客観的な情報提供のコメントと見せかけながらも、その実は個人的な思いが満載のニセ科学批判批判」という芸風を短期間で実行することは、意外と難しいものなのです。

 他の読者さん達は静観を決めているご様子ですから、今後も「傍観者」氏はあの芸風でNATROMさんの主張を少しずつ突き崩す作業に努めることでしょう。
 その作業が完了した暁には、堂々と勝利宣言を行ってドヤ顔と共に去ることでしょう。
 それが実現する未来の日を、真の傍観者である私達はワクワクして待っていましょう。
posted by TAKA at 01:10| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
すごく悲しいです。
私は、「どちらがより罵りの言葉を多く出せるか勝負」なんて勝負しておりません。そんな下らない勝負したくもありません。
皆様に、論点をズラされて非常に困っていただけなんです。なんとか、私の本来の議題・論点に話を戻そうと、悪戦苦闘していただけなのです。

過去の経緯を、ちゃんとブログとコメントで再確認して頂けると助かります。
NATROM様に、リプを送りました。強制ではありませんが、よろしかったら、そちらもお読み下さい。

https://twitter.com/anan1477


失礼させて頂きます。
Posted by anan1477 at 2014年01月26日 07:49
anan1477様、御意見をありがとうございました。

仰るとおりです。確かに、罵り合いは悲しいことです。議論に参加している人達はもちろん、その議論を見ている人達も悲しくなります。

そういう私も、議論が白熱してくると、相手の意見に反論する際に、強い言葉を添えてコメントを送信したくなることがあります。

その時に、強い言葉を添えたコメントをそのまま送信してしまうか、あるいは、強い言葉を添えずに淡々と反論するかで、その後の自分に対する周りの人達からの評価が大きく変わって行くものと私は考えています。
Posted by TAKA at 2014年01月26日 19:17
患者さんたちのコメントは「相手を説得するための議論をするためにしていること」ではありませんよ。「患者たちを苦しめる記事を書くのをやめるように」と抗議しているのです。その視点で、もう一度読んでみたらより深く理解できるかと思われます。
Posted by miya at 2014年04月13日 11:16
大部分の患者さんたちは「相手を説得するための議論をしている」のではありませんよ。「迷惑な記事を書くのをやめてほしいと抗議をしている」と考えてみたらどうでしょうか。その視点で読んでみると、患者さんたちの気持ちが理解できるかもしれません。
Posted by miya at 2014年04月13日 11:24
患者さんたちは「相手を説得するための議論をしている」のではありませんよ。「迷惑な記事を書くのをやめさせようとしている」と考えてみたらどうでしょうか。その視点で読んでみると、患者さんたちの気持ちが少しは理解できるかもしれません。
Posted by miya at 2014年04月13日 11:26
たいへん失礼しました。投稿がエラーになったため、連続投稿になってしまいました。他意はありません。
Posted by miya at 2014年04月13日 11:28
 miya様、コメントをありがとうございました。
 なるほどです。たとえていうならば、「喫煙の害を綴っているブログ」に向かって「喫煙している人」が「そのような記事は綴らないでほしい」と抗議しているような感じでしょうか。(少し違うかしら?)

 なんにしても抗議する場合は、罵詈雑言は控えて、淡々と自分の意見を述べるほうが伝わりやすいですね。
・・・・・
 ちなみに、私が化学物質過敏症の概念を初めて知ったときは、「なるほど、そういうものがあるのだな」と納得していました。
 しかしながら、ニセ科学批判的なウェブサイトを幾つか読んだ後は、「化学物質過敏症って、なんだか曖昧な概念だな?」という考えに変わりました。

 今では、怪しい話に触れたときは直ぐに鵜呑みにしないで、「科学的な視点で考えてみる」ということを心がけている次第です。
 (私は信じやすい性格の人間です。通常の三倍くらいは懐疑的に物事を見ないと、いとも簡単に騙されてしまうような人間だったりします)
Posted by TAKA at 2014年04月15日 18:05
喫煙の話ですが、そういうのとは違うと思います。もっと切実な訴えです。「あれこれと迷惑な記事を書かないでくれ」と意見というか要望を伝えようとしているのに、議論に置き換えられてしまうので、怒っている患者さんがいるのだと思いますよ。もちろん、患者さんにもいろいろなタイプのひとがいて、なるべく冷静に議論をしようとしているひともいますが、患者さんは化学の専門家ではないので、気の毒だと思いますね。

たしかに、化学物質過敏症というのは理解が難しい病気だとは思いますし「本当にそんな病気があるの?」と思うことでしょう。

科学的な視点で考えることはもちろん大切だと思います。ただし、懐疑的に考えるのであれば、逆に「肯定的な記事」のほうも自分の目で確かめてみるべきですよね。

わたしは、確かめてみました。ネット上で手に入るいちばん信頼できそうな情報源はオーストラリア政府の報告書です(英語で100ページ)。そこに、書いてある重要な点は

・原因がわからないというだけで心因性と決めつけてはならない
・この病気についての仮説はたくさんある

ということです。日本の研究者である宮田幹雄先生(この方は医学大学の名誉教授ですよ! お医者さんの先生です)は、「心因性というレベルの低い議論で邪魔をしようとする人が世界中にたくさんいる」といったことを某HPで話しておられました。否定的な内容のものは日本にもいろいろあるのですが、その大部分は本気で研究しているものではないようです。

なんだか、否定的な見解が優勢になっているみたいな風潮があるようですが、そんなことはなさそうです。
Posted by miya at 2014年04月18日 02:48
 >miya様
 >ただし、懐疑的に考えるのであれば、逆に「肯定的な記事」のほうも自分の目で確かめてみるべきですよね。

 なるほどです。自分の考えと違う意見に耳を傾けることは大切ですね。
 私は化学物質過敏症の話を初めて聞いた時は肯定的に受け止めていましたが、ニセ科学批判的なサイトを幾つか読み込んで、次のような感想を持ちました。
 「化学物質過敏症の概念を鵜呑みに信じるではなく、一歩引いて懐疑的に見つめるとしよう」

 本当に、自分の考えと違う立場の人の意見を聞くことは大事だと思います。

>日本の研究者である宮田幹雄先生(この方は医学大学の名誉教授ですよ! お医者さんの先生です

 なるほどです。化学物質過敏症について、まじめに考えている学者さんがいらっしゃるのですね。
 医学の専門的な話について私自身は深い理解などかないませんが、いつの日か、化学物質過敏症が科学的な批判に耐えうるものに昇華されて、否定的な人々にも全面的に受け入れられるようになると良いですね。

 miya様、コメントをありがとうございました。
Posted by TAKA at 2014年04月20日 01:17
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