2017年01月26日

笑いと勝利を同時に取れる論者になるためのメモ、その6

 ボケ方の参考となる記事を、いくつか発見した。以下に、メモしておく。
:poohさんのブログのコメント欄に関する感想を、最後のほうに2つほど追記しました)

 船瀬俊介に殺される〜「抗ガン剤で殺される!」批判〜 - NATROMの日記

 「名前はまだ無い」さんが2013年06月19日に投稿されたコメント
 こちらのブログ主さんはmkさんの言いたいことが理解できていないようですね。
 センテンス毎に反論するタイプの人にありがちな傾向です。

 これに対するNATROMさんのコメント
 「名前はまだ無い」さんが、「mkさんの言いたいこと」をきちんとご説明なされば、説得力が上がると思います。

 私の感想:「なるほど、次のような考え方があったのか」

 『この私は、センテンス毎に反論するタイプの人は、自身に向けられた批判のコメントの内容を、理解できていない状態で反論してしまう傾向があると考えている』

 『そして今回のNATROMさんの反論の仕方は、その傾向に当てはまると私は考えた』

 『ゆえに今回のNATROMさんは、mkさんが投稿したコメントの内容を理解できていない状態で反論したという理屈が成立する

 「このように述べると、勝ったことになるわけだ、メモメモ」

 佐藤さんが2015年08月11日に投稿されたコメント
 そもそも抗がん剤=成分が毒というのは厚労省も認めてることですし
 病院に行ってはいけません。殺されます

 しかもだいたいのパターンとして
 健全な人間が健康診断などでガンと診断され、そこから治療に移るケースが多いですが
 健全な人間が入院して急激にやつれていくのは元のガンが悪化したからではなく
 抗がん剤の毒のせいであると思われます
 ガンは健全な人間を陥れるための罠なのです

 これに対するNATROMさんのコメント
 抗がん剤に限らず、あらゆる薬は毒です。
 悪い作用よりも良い作用が大きいときに薬として使用されるのです。
 もちろん、抗がん剤も。私ががんになった場合、良い作用が大きいときは抗がん剤を自分に使います。

 佐藤さんは、「抗がん剤は使うな」ではなく「病院に行ってはいけません」と書かれていることから、薬全般も毒だから使わないのでしょうね。
 そういう方でも、痛くなったら病院に来られます。

 私の感想:「なるほど、前フリとして、」
 『がんを患ったとしても、病院に行ってはいけない、殺される』
 『入院して急激にやつれる原因は抗がん剤にある、抗がん剤は毒だ』
 「と主張したあと、」

 「自分自身ががんを患い、痛みをこらえきれなくなって病院に行くというボケ方があったのか、メモメモ」

 はてなブックマーク - なぜ多くの医師は、自身ががんになると抗がん剤を使わないのか ビジネスジャーナル

 ublftboさんのコメント
 強烈に狡猾な文章。
 全体的な論旨は抗がん剤使用一般に害があるかのように誘導しつつ、「結局個人の意思決定に委ねる」「全否定ではない」と(それ自体は正論で)取り繕う。/
 タイトルの、「多くの医師」とは本当か?

 私の感想:「なるほど、前フリとして、」
 『世の多くの医師は、自身ががんになっても抗がん剤を使いません、なぜならば、既存の抗がん剤には、これこれこのような害がありまして、うんぬん』
 「と語ったあと、」

 『このように、抗がん剤を全否定する態度はよくないのであり、あとは皆さんの意思に任せます』
 「と述べて落とすというボケ方があったのか、メモメモ」

 はてなブックマーク - カゼの予防には、うがい薬は「使わない」ほうが良いらしいって、知っていました?(市川衛) - 個人 - Yahoo!ニュース

 yamazakisatoさんのコメント
 あくまでも比較試験でメカニズムはまだわかってませんって明記されてる記事なんだからタイトルに「らしい」を使うのはむしろ誠実な態度じゃない。
 こういう結果に断定調で言うやつが我々の敵では?

 私の感想:「なるほど、ということは、次のようにも言えるわけだ」

 『比較試験でメカニズムがまだわかっていない段階の話を、記事に書いて公開する際に、』
 『記事のタイトルに、「良いらしい」という言葉を使用するジャーナリストの態度は、批判されるに値せず、むしろ誠実な態度といえる』

 『なぜならば、記事の本文には、「比較試験でメカニズムがまだわかっていない」と書いてあるからである』
 『ゆえに、「釣りのタイトルだ」とか、「煽りのタイトルだ」などという批判こそ、的外れと結論できる」

 『当然ながら、「らしい・だそうです・かもしれませんという言葉を使うジャーナリストって、どうなの? プロのジャーナリストと評するに、値する態度なの?」という疑問も、的外れといえる』

 「このように述べると、より隙のない反論になるわけだ、メモメモ」

 kazuauさんのコメント
 1ヶ月に100人中平均20人が風邪引くの?一人あたり年に平均2回以上風邪引くってことだよね。
 どんな環境に晒されているんだ。

 junglejungleさんのコメント
 ええ?年に平均2回以上風邪引くって当たり前じゃないの?
 子供いると寒い季節は年がら年中風邪引いてるわ。

 私の感想:「なるほど、『年に平均で2回以上の風邪を引く状態とは、どんな環境なのか?』という疑問を見かけたときは、」

 『年に平均で2回以上の風邪を引く状態は、当たり前の状態である』
 『というのも、子供がいる環境で年に平均で2回以上の風邪を引くことを、この私が経験しているからである』

 「と答えるとよいのか、メモメモ」

 はてなブックマーク - 病理医ヤンデルさんのツイート 「世の中、科学を標榜しながら、一足飛びに直感判断(好き嫌い、こうした方がいいという政治的直観)が顔を出すことが多い」はほんとうにものすごくめ

 ublftboさんのコメント
 "ニセ科学を叩いてる人の半分以上は人の説を叩いてるときはやたらと専門的なのに持論はスッカスカだったりします"
 口出しする人が多くなると、きちんとする人の割合が低まる、という一般論を言いたいだけでしょう。

 私の感想:「なるほど、次のような一般論があったのか」

 『ある話題に対して、口出しする人の数が多くなればなるほど、雑な口出しの仕方をする人も現れ始め、その話題が落ち着くころには、きちんと口出しする人の割合が低くなっている』

 「この一般論を、世のニセ科学批判者たちの態度に当てはめて語ると、勝ったことになるわけだ」

 「ただし、もともとはただの一般論なので、インパクトのあるニセ科学批判批判の文章に仕上げるためには、」
 『叩く・やたらと・スッカスカ』
 「という言葉を、添える必要があるわけだ」

 「これは、いままで無難なニセ科学批判批判の文章しか書けなかった論者にとっては、重要な発見だ、メモメモ」

 はてなブックマーク - はてなブックマーク - 病理医ヤンデルさんのツイート 「世の中、科学を標榜しながら、一足飛びに直感判断(好き嫌い、こうした方がいいという政治的直観)が顔を出すことが多い」はほ

 ublftboさんのコメント
 "ニセ科学を叩いてる人の半分以上は" の「○○を叩いてる人」の○○に色々代入してみれば、およそ何でも当てはまるであろうよ。

 私の感想:「なるほど、たとえば次のような感じか?」

 『既存のニセ科学批判を叩いている人の大半は、他人の説を叩いてるときはやたらと専門的だが、持論はスッカスカである』

 『本流の科学を叩いている人の大半は、他人の説を叩いてるときはやたらと専門的だが、持論はスッカスカである』

 『アニメの「ポケットモンスター・サン&ムーン」の雰囲気が、前作の「ポケットモンスターXY」と変わったことを叩いている人の大半は、他人の説を叩いてるときはやたらと専門的だが、持論はスッカスカである』

 『標準医学を叩いている人の大半は、他人の説を叩いてるときはやたらと専門的だが、持論はスッカスカである』

 『あの漫画の「北斗の拳」においても、「フッ…奇跡か…そのぐらいの事、俺にもできる!!」と宣言し、訪れた村で見つけた老人の足を治療してあげるも、』

 『その老人が、「うぐっ!! ぐああ!!」というリアクションを見せたので、「ん? まちがったかな…」と首をかしげるアミバさんの姿を見て憤慨し、』

 『老人の足の治療が終わっていないにもかかわらずアミバさんの顔を叩いて中断に追い込んだトキさんは、他人の説を叩いてるときはやたらと専門的だが、持論はスッカスカである』

 「ふむ、このような感じで文章を作成するならば、この世の大半の事象に当てはめることができそうだ、これはお手軽な勝ち方を知った、メモメモ」

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 locust0138さんのコメント
 仮にも大学教授の地位にある学者が批判に対して粗雑極まりない罵倒で返すってのはどうなのよ。
 出版社のサイトなのに編集者はいないのか。

 私の感想:「なるほど、前フリとして大学教授の地位にある学者となり、」
 「もらった批判の言葉に対して、学問的な言葉で反論すると思わせておき、」
 「粗雑な罵倒の言葉を返して相手を唖然とさせて、オチとする」

 「というボケ方があったのか、メモメモ」

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 chnpkさんのコメント
 この一発屋さんのことをそんなに一生懸命叩いていったい何がしたいのというのはある

 私の感想:「ふむふむ、このコメントから何が読み取れるか?」

 「なにをもってして、西野さんのことを『一発屋さん』と表現したのだろうか?」

 「西野さんは、過去に一発当てたことがない人なのだ、ということか?」

 「だからこそ、2017年現在の西野さんは一発当てた状態といえるのだ、ということか?」

 「しかしながら、これからの西野さんは、二発目が出ない状態がしばらく続いてしまうのだ、ゆえに一発屋さんという言い方は正確な表現といえるのだ、ということか?」

 「それが本当だとしても、これからしばらく2発目が出ないとなぜ分かったのだろうか?」

 「超能力で西野さんの未来を透視しました、その結果、2発目を当てた西野さんの姿は見えませんでした、ということか?」

 「また、『そんなに一生懸命叩いて』という部分は、具体的に誰のどのコメントを指しているのか?」

 「具体的に誰それのコメントというわけではない、自分の心の中にある漠然とした印象をネット上で語ったにすぎない、ということか?」

 「ところで、『何がしたいの』という問いに、『このようにしたいのである』と答えをもらった場合、chnpkさんは何をするのだろうか?」
 (なにもしない? さらに質問する? 深く掘り下げる? 相互理解に達することを目指して、とことん議論する?)

 「これらの疑問に答えを見出して、私の思考に組み込んでおくこと」

 キングコング西野さんの絵本の売り方について(3,823字)ハックルベリーに会いに行くハックルベリーに会いに行く(岩崎夏海) - ニコニコチャンネル社会・言論

 hiROCKさんのコメント注:アイコンが怖いので、心臓が弱い人はクリックしないほうが無難です
 自分もこれを詐欺というライターの感覚を疑う。
 情報政略として当然のことをしたまでで、まずは大きく出て名前を知ってもらうっていうのは絶対必要。
 むしろ宣伝として、かなり良心的な宣伝の部類だと思う。
 世の中はもっとえぐい商品アピールしてるものがごまんとあるのに。

 私の感想:「なるほど、次のような考え方か」

 『今回の西野さんの宣伝方法を一種の詐欺と言い表すことは不当である、むしろ良心的な部類と評価してよい』

 『というのも、この世の中には、他にもっとえぐい商品アピールが5万とあるからだ』

 「ふむ、『詐欺という言葉は強すぎる言葉なので、使わないほうが良かったのではないか』とコメントするよりも、インパクトがある言い方だ」

 「今回の西野さんの話に限らず、どこぞのネット上で、『だれそれが仕掛けた炎上商法は、もはや一種の詐欺だ』という批判を見かけた際は、」

 『それは言いすぎだ、世の中には、他にもっとえぐい商品アピールがあるのだ、しかもたくさんあるのだ、ゆえに、あなたが批判しているだれそれの炎上商法は、良い部類の宣伝方法という結論になるのだ』

 「と言ってあげるとよいわけだ」
 「そうすれば、『なんですか、その理屈は?』と不思議に思う人はともかく、そうでもない人は、『うむ、論理的に正しい意見である』と納得してくれるわけだ、メモメモ」

 はてなブックマーク - 西野がいかに今回悪辣で狡猾な仕掛けを施したのかをちゃんと解説しておく。 - 銀河孤児亭

 htenakhさんのコメント
 この件を見るとうんざりしかしない。
 結局のところやったもんがちで悪が勝つのだという気持ちになってしまう。

 私の感想:「なるほど、今回の西野さんは、漫画の『北斗の拳』に登場するシンさんの境地に達していたのか」

 『炎上商法こそ正義! いいネット時代になったものだ! 多くの読者たちの神経をイラっとさせてあげればあげるほど、自分のふところにどんどん銭が入ってくる!
・・・・・
以上で、メモを終えるとする。また笑いと勝利を同時に取れる論者に一歩近づいてしまった。

 (追記
 poohさんのブログ記事、『批判と技巧 - Chromeplated Rat』のコメント欄を読んでいると、上から7番目にあるコメントで気になる部分を発見した。
 poohさんのコメントから引用
 なるほど、自分の発言が(テクニカルな要因によるものではなくとも)自分の意図を離れた解釈をされた場合でも、そのことはやむを得ないと考えている、と云うことでしょうか。
 だとすれば、そのような種類の発言を理解しようとする動機は、ぼくにはありません。わざわざご説明にお伺いいただき、ありがとうございます。

 この部分を読んでいるうちに、なぜか「議論、相互理解」という言葉が頭に浮かび、さっそくネット検索したところ、次の記事が見つかった。
 議論とは、相互理解である。 ぽんすブログ

 この記事の参考として、『「批判や反論……オトナの対処法は?」正式出品作品 旧・他人の不幸は蜜の味』が紹介されていた。

 これら2つの記事には、常勝のニセ科学批判批判への道のヒントがあるようだ。
 しっかりと読んで、エッセンスを思考に組み込むのである。

 (追記、その2
 『批判と技巧 - Chromeplated Rat』のコメント欄を読んでいると、上から9番目にあるコメントで気になる部分を発見した。
 poohさんのコメントから引用
 おまえの書いたことはそんなことではない(お前の意図がそこにある、と自分で思っていても、それは「無邪気な前提」であってじつは違うのだ)みたいにおっしゃるようでしたら、
 Fondriestさんに対して言葉でなにかを伝えようとすることはぼくにとってあまり意義のある試みではないようです。

 私の感想:「なるほど、まずは前フリとして、」
 『この私がネット上で公開した文章に対して、poohさんが、「本当のところは、これこれこのような趣旨で言っているのではないか」と評することは、許されない』
 「と述べたあと、」

 『poohさんがネット上で公開した文章に対して、この私が、「本当のところは、これこれこのような趣旨で言っているのではないか」と評することは、許される』
 『この考え方は、ダブルスタンダードではない』

 「と述べると、poohさんに対して勝ったことになるわけだ」
 「どことなく、横山三国志に登場する曹操さんの勝ち方と似ているのだ、メモメモ」
ラベル:一石二鳥

2017年01月23日

笑いと勝利を同時に取れる論者になるためのメモ、その5

 いくつか気になる記事を見つけた。以下にメモしておく。

 はてなブックマーク - yunishioさんのツイート なんで、こんな稚拙なウソを繰りかえすんだろ。NATROMさんは「既に反証されているんですよ」と言っている。オレなんかはむしろ、原因物質が不明なのに、なんで二

 counterfactualさんのコメント
 僕なんかは、原因物質が不明なのに、なんでごく微量の化学物質が原因だといえるのか、さっぱりわからん。

 私の感想:「なるほど、まずは前フリとして、」
 『化学物質過敏症が起きる原因は、微量の化学物質のせいだと既に分かっている現状である
 「と述べて、次に、」
 『なお、その原因となる化学物質であるが、いまだに特定されていないために、分かっていない現状であるともいえる

 「と述べると、counterfactualさんから、『どっちやねん』とツッコミを入れてもらえるわけだ、メモメモ」

 はてなブックマーク - なとろむさんのツイート @yunishio 「単に原因物質が特定されていないことをもって」ではなく、「臨床環境医が原因物質と特定するも二重盲検法では症状誘発が証明できなかった」ことを

 ublftboさんのコメント
 “実質的に反証” 「反証」の語に独特の意味を付与してよく分からない批難をしてきた人がいたので、
 実質科学的な意味合いでの「反証」を説明してきた、という流れで、「実質的に反証」の表現がなされた。

 私の感想:「なるほど、NATROMさんが述べた『実質的に反証されている』という言葉を、『絶対的に反証されている』と読み取り、次に、」
 『NATROMさんはウソをついているぞ! 絶対的な反証なんて、不可能なんだぞ!』

 「と主張すると、NATROMさんから、」
 『ちがうぞなもし。実質科学的という意味合いの、反証ぞなもし』
 「という感じで教えてもらえるわけだ、これは実用的な学びのボケ方だ、メモメモ」

 NATROMさんが2013年06月16日に公開されたツイート
 @yunishio 『「可能性が否定できない」のなら、「反証」ではないです』とするなら、
 いったいどうやって、ホメオパシーを「反証されてトンデモ確定した」のでしょう?

 私の感想:「なるほど、次のようなボケ方があったのか」
 『この私は、可能性を完全に否定できない場合、反証できたことにならないと考える』
 『ところで、あのホメオパシーは可能性を完全に否定できる代物である』

 『なぜならば、そのように私自身が心の中で判断を下しているからである』
 『ゆえにホメオパシーを反証できたという理屈になり、トンデモで確定である』

 「このように述べると、NATROMさんから笑いが取れるわけだ、メモメモ」

 NATROMさんが2017年1月20日に公開されたツイート
 @fukutyonzoku るいネットとかを根拠にニセ医学の情報を集めて勉強した気になって
 「西洋医学は信頼できない。私には非常に危ういものに見えます」
 とか主張しているニセ医学支持者と窓際記者の独り言さんとの違いはありますか?
 私には違いがないように見えます。

 私の感想:「なるほど、次のようなボケ方があったのか」
 『この私は、西洋医学を信頼できなくて危うい学問だと判断する』
 『なお、この判断は、るいネットというウエブサイトにある情報で学んだゆえの結論である』

 「と述べると、NATROMさんから笑いが取れるわけだ、メモメモ」

 はてなブックマーク - クリエネ(東京五輪招致疑惑追及しろ)さんのツイート このツイートは、「世界有数の医療被曝国」のおかげで「世界有数の長寿国」であるという因果関係を前提にしていないのなら、意

 NATROMさんのコメント
 普通に「世界有数の医療被曝国にも関わらず長寿である」や「医療被曝のデメリットを上回る画像検査等から得られるメリットがある」という解釈ができないのだろうね

 私の感想:「なるほど、『日本は世界有数の医療被曝国であり、かつ世界有数の長寿国である』という感じのツイートを見かけた際に、」
 『はて? 【日本は世界有数の医療被曝国です、ゆえに日本は世界有数の長寿国に成れたのです】とな? そのような因果関係が、一体どこにあるのやら?』

 「と述べると、NATOMさんから、『文章の読み取りに失敗していますやん』とツッコミがもらえるわけだ、メモメモ」

 はてなブックマーク - sivadさんのツイート もしかして、ホルミシス…。その場合は医療被曝でホルミシスを主張する医師という、恐ろしい事態に… https--t_co-Wr33TON9r1

 NATROMさんのコメント
 というわけで、ホルミシスは関係ない。sivadさんは相手の主張を読めていない。

 私の感想:「なるほど、『日本は世界有数のホルミシス被曝国です、ゆえに日本は世界有数の長寿国に成れました』というボケの被せ方があったのか、メモメモ」

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 letariletariさんが2017年1月21日に公開されたコメント(注:2017年1月23日の時点では読めなくなっているようです)
 id:sugawara1991 だから2階でもブクマしてる時点でアウトなんだよ低能w
 ほんと2階ならセーフと勘違いする低能はどうしようもねえなw

 私の感想:「ふむふむ、このツイートの内容から読み取れることは、次の3つが考えられるか?」

 読み取れること、その1:『この私は、ネット上で勘違いを見せている他人を見かけたので、勘違いしていることを教えてあげると同時に、』
 『そのような勘違いを見せることは、この私から低脳と認定されるに値することを教えてあげた』

 読み取れること、その2:『この私は、ネット上で勘違いを見せている人を見かけたので、それを指摘してあげると同時に、』
 『この私が自身を高脳の人間だと認識していることを、教えてあげた』

 読み取れること、その3:『この私は、ネット上で見かけた他人の勘違いな行動を、「どうしようもねえなw」と判断したあと、』
 『いや、どうにかなると思い直し、低脳という文字を含んだコメントを作って読ませてあげて、自覚を促そうとした』

 「これらの3つのうち、どれがより正解に近いのか、その答えを見出して私の思考に組み込んでおくこと」

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 chocolaterockさんのコメント
 言ってることとやってることの矛盾が多すぎてもうな

 私の感想:「なるほど、まずは前フリとして、」
 『他の作家さんたちの販売方法を貶すと同時に、銭に執着していない自分の姿を、聴衆にアピールしておく』
 「ころあいを見て、」
 『じつは、この私が一番、銭にこだわっていました』
 「と告白して落とすというボケ方があったのか、メモメモ」

 はてなブックマーク - 明月堂書店 – ○×脳の恐怖 仲正昌樹【第39回】 – 月刊極北
 locust0138さんのコメント
 「雑な考え方をするな」という記事が雑なのは何のギャグだ。
 俺はポモ批判をしていないし興味もない。
 「錬金術(alchemy)」が「化学(chemistry)」の母体になったことくらい知っている。大学院を出て英語論文もある。

 私の感想:「なるほど、読者に向かって、」
 『雑な論考を見せてはいけません、ちゃんと事前に整理しておきましょう』
 「と述べたあと、自らの雑な記事を公開して締めくくるというボケ方があったのか、メモメモ」

 Nagapiiiさんが2017年01月21日に公開されたツイート
 45年前にユリ・ゲラーの超能力を実験していたCIAが、その結果を公開 http://irorio.jp/sophokles/20170119/381882/
 これどれも1974年のネイチャーの論文に載ってる絵だね。俺も持ってる。
 極秘扱いだった資料ではないね。またデタラメばかりだね。

 私の感想:「なるほど、すでに1974年の時点で世に公開されていた、CIAによるユリ・ゲラーの超能力実験の話を、」
 「2017年の現在になって、極秘資料だと謳いながら紹介してボケてみせるという笑いの取り方があったのか、メモメモ」
・・・・・
 以上でメモを終えるとする。また笑いと勝利を同時に取れる論者に一歩近づいてしまった。

2017年01月21日

笑いと勝利を同時に取れる論者になるためのメモ、その4

 ブログ主である。気になる記事を、いくつか見つけたのである。以下に、メモしておくのである。

 はてなブックマーク - キク☆マコ☆(1-26ベアーズ)さんのツイート ニセ科学批判は党派性と最も遠いところにいるので、党派的にしかものを見られない人たちには行動原理が理解できないんだよ。ニセ科学批判に

 NOV1975さんのコメント
 本人たちの認識に拠らず、「見かけの党派性」が実質的に党派性として受け止められることで勝手に力を持ち出すことはよくある。
 なので「ホントは党派性ないからいいんです」と思っているだけなのは危険。

 私の感想:「なるほど、ということは、次のようなことも言えるわけだ」
 『ニセ科学批判批判をしている人たちも、実際には党派性がないにもかかわらず、見かけ上の党派性が実質的な党派性として受けとめられ、勝手に力を持ち出すということは、よくある』

 「ちなみに、実態のないものが具現化する現象といえば、あの映画『禁断の惑星』に登場するイドの怪物が有名だが、」
 「ネット上の片隅でときどき見かける私怨的なニセ科学批判批判も、イドの怪物の一種である可能性が高いわけだ、メモメモ」

 sandayuuさんのコメント
 ニセ科学批判そのものに党派性はないかもしれないけど、余裕がないからと言い訳しつつ(しかも無関係な話題に口出ししつつ)対象を慎重に選ぶ行為には立派な党派性が窺えますなあ。

 私の感想:「なるほど、次のような考え方があったのか」
 『余裕がないという言葉を発し、ニセ科学の蔓延問題と関係がない話に言及しつつ、批判対象を慎重に選択するという行為は、党派性という言葉とイコールである』

 「これは、私が今まで見たこともない新しい角度からのニセ科学批判批判だ、メモメモ」

 filinionさんのコメント
 よく見ると、主語は「ニセ科学批判」であって、「私」や「ニセ科学批判者」ではないのだ。
 たぶん菊池氏は「俺は言葉を選んだ。誤読するのは誤読する方が悪い」って意識なんだろうが…
 まあそこが「迂闊」なのだろう。

 私の感想:「なるほど、ということは、今回に限らず、菊池誠教授がツイッター上で公開してきた過去の文章において、」
 「主語が『ニセ科学批判』だったものは、『俺は言葉を選んだ。誤読するのは誤読する方が悪い』という意識が、もれなく含まれていたという解釈もできるわけだ」
 「これは私にとって新しい視点だ、メモメモ」

 はてなブックマーク - 「「ニセ科学批判は金になる」と言っている人がいる」というデマを盛大に流す、ニセ科学批判クラスタの人たち - 生きるブログ

 shinzorさんのコメント
 日ごろニセ科学批判をしている人がした根拠のない発言への批判をニセ科学批判者への批判と勘違いしたのをみて,
 これだからニセ科学批判者はダメと結局,ニセ科学批判や党派性に帰着していると言うのも党派性か?

 私の感想:「なるほど、私は以前に、」
 『ネット上でニセ科学を批判している人たちが精神集合体に進化している途中であるように、ネット上でニセ科学批判批判を行っている人たちもまた、精神集合体に進化している途中なのかもしれない
 「と考えたことがあったが、」
 「それは私一人ではなかったのだ、心強くなったので、メモメモ」

 はてなブックマーク - 加野瀬未友さんのツイート 『この世界の片隅に』当時の国民の生活がよくわかるけど、じゃあの気のいい人たちはなんで中国や英米との戦争を追認したの?という疑問には答えられないん

 cider_kondoさんのコメント
 全部追ってくと村長は真意(とその他全部。携帯版imidas侮り難し)語ってるけど、長いよ!
 自分で『ブログでも書けばいいんだろうけど』って言ってて、分かってるならそうしろよ感

 私の感想:「なるほど、まずは自分の真意を複数のツイートにわたって公開したあと、」
 「締めくくりの言葉として、『これらはブログに書くべき内容と存じる』と述べると、『自分で分かっていながらなぜやらぬ』とツッコミがもらえるわけだ、メモメモ」

 はてなブックマーク - EM菌こそ宇宙最強のエイリアンである - むしブロ+

 OSATOさんのコメント
 「なんと、EMは2000oCでも死なないというのだ。」<ここ、皆誤解してるんだけど、死なないのは「EMの波動」ですから。
 自分で言っててクラクラしちゃいますが…。

 私の感想:「なるほど、そういえば、あの『水からの伝言』が批判されていたときも、」
 『水に聞かせてあげる「ありがとう」と「ばかやろう」という言葉は、あまり重要ではないのだ』
 『人間の発する内なる波動の良し悪しこそが、水の物理的な形状の変化に影響を与えている主な原因だったのだ』

 「という説明を、誰かが言っていたような記憶がある」
 「どうして水に人間の言葉が理解できるのかという質問に対して、その人間の心の問題なのだと答えてみせるという、すごい勝ち方があったものだと感心した記憶もある」

 「ところで、今回の私はあえて、」
 『クマムシ博士さんは、比嘉氏のEMに関する説明を詳しく調べて、すべて承知したうえで、意図的に間違ったのである』
 『それもまた、比嘉氏のEMに関する説明に詳しいニセ科学批判者たちから、総ツッコミをもらうことが目的だったのだ』
 「と逆張りしておく」

 「なぜならば、クマムシ博士さんが、『じつは意図的に間違っていました』と告白した将来の日には、ネット上で私一人がドヤ顔を決められるからである」

 はてなブックマーク - 高橋裕行さんのツイート 特に理系であったり技術者であったりする人が論理性や客観性を振りかざすのだが、往々にして彼等の知識は限定的で論理の出発点が誤っているので、役には立た

 locust0138さんのコメント
 「世の中は科学や理屈じゃないんだよ」は実にありきたりのたわ言だ。教育者がこれを言ってはダメだろう。
 自分が論理性や客観性がないと断言したようなものだ。

 私の感想:「なるほど、ということは、」
 『この私は、知識が限定的であり、かつ論理の出発点が誤っているという理系の人や技術者の姿を、過去に見かけたことがある』

 『ゆえに、この世に存在するすべての理系の人や技術者の発言は、いついかなる場合でも誤っているという理屈が成立する』

 「と述べると、より理系の人や技術者からツッコミをもらいやすいボケ方になるわけだ、メモメモ」

 はてなブックマーク - yunishioさんのツイート オレは医療の知識がないので化学物質過敏症について何一つ語ることはできないのだが、NATROMが化学物質過敏症は反証されているなどという下らないウソを吐くので

 ublftboさんのコメント
 何故、“化学物質過敏症について何一つ語ることはできない” 人間が、“化学物質過敏症は反証されているなどという下らないウソ” という評価をおこなえるのですか?/
 NATROMさんは「実質的に反証」と表現したはず。

 私の感想:「なるほど、次のように始めるニセ科学批判批判の仕方があったのか」

 『諸君、私は化学物質過敏症について、なに一つ語ることができない者である』

 『諸君、私はNATROM氏の化学物質過敏症に関する主張について、ウソだということが分かっている者である』

 『諸君、私はNATROM氏の主張の論理に構造的な問題があることを、見出している者である』

 『その論理の問題を私は2013年の昔に指摘したところ、NATROM氏とやり取りが始まって、2017年の1月の時点でも完全なる相互理解に達することはなく、うんぬん』

 「とこのように、『そのニセ科学の話題について私はなに一つ語ることができない、しかしあのニセ科学批判者の主張がウソだという点については分かっているので語る』という始め方は、」
 「ニセ科学の蔓延問題を知らなかった人でも、『一体なにを言っているの?』という感じで思わず注目してしまうという、グッドな前フリなのだ」

 書評:「量子の宇宙でからみあう心たち―超能力研究最前線」 - Skeptic's Wiki
 
 記事の『超常現象に対する極めて甘い評価』の部分から引用
 もしも心霊研究の本来の目的がこういうすさまじい超常現象の存在を証明することであったのなら、現代の超心理学はそれにことごとく失敗している。
 失敗した挙句に残っているのが「統計的有意性」だけだというのなら、それががなくなればもう終わりなので、それに必死にしがみついているという見方もできる。

 私の感想:「なるほど、しかしながら逆に考えると、次のようにも言える」
 『2017年の現在から約90年前に時間をさかのぼること1930年代の当時、微小ではあるが統計的有意という研究結果が出ている』

 『そして、地球から遠く離れた宇宙空間や、遠い過去や遠い未来はともかく、』
 『この数十億年にわたる地球の歴史において、超常現象が起きたことなど一度もないと証明した研究者は、2017年の現在に至るまで一人も現れていない』

 『ゆえに、超心理学の研究は今後も衰退することがなく、2017年の現在から90年後の2107年まで続くと結論できる』
 「この私の予言は当たるであろう、その日が到来したときのためにも、メモメモ」

 超心理学は科学か?きくまこせんせとの会話 - Togetterまとめ

 stmark_309さんのコメント
 科学的懐疑主義は、科学的手法にのっとってきちんと検証するというところに重要な点があるので、結論として否定以外に至ること自体は普通では。
 ま検証自体に問題があるならそこを指摘して再検証を求めるとかするしかないんだろうけど、
 どこかから研究費用が出るわけでもないから第三者が検証するモチベーションが低いのはなんとかできると望ましいが、
 国は予算出してくれないだろうなあ。

 私の感想:「なるほど、ちなみに私の場合、Nagapiiiさんの主張は次のようなものだと思っていた」

 『超心理学を研究する人の中には、実験で否定的な結果が出たとしても、あれこれ都合よく解釈して、』
 『甘い評価でお茶を濁して、それを批判されても、批判するほうがおかしいと言って開き直る人が存在する』
 『このような態度を見せているようでは、とても科学的に正しい研究とはいえない』

 「という感じの主張と私は捉えていたのだが、」

 『科学的懐疑主義の態度で超心理学を検証した結果として、否定以外の結論に至ることは普通にありえる』
 『Nagapiiiさんの主張は、それすらも否定しているので、普通ではない』

 「という風に読み取ることも可能だったのか、これは思いもしない読み取り方だった」
 「というわけで、『このstmark_309さんの読み取り方こそ、Nagapiiiさんの主張を正しく捉えた読み取り方なのだ!』と断定したいところだが、」

 「なぜか心の奥底から、『断定するのかい? 早い、早すぎるよ!』という、あの機動戦士ガンダムカイ・シデンさんが述べたようなセリフが聞こえてくるので、」
 「今一度、Nagapiiiさんの超心理学に対する一連の主張を浅く読み取らないよう、じっくりと読み込んでおく必要がある、メモメモ」

 はてなブックマーク - 僕は「新しいゲームが生まれない時代」を生きているのかもしれない - いつか電池がきれるまで

 ku__ra__geさんのコメント
 こういうエントリはたいてい書き手の知識不足で残念な内容になっており、このエントリもその例に漏れない。/
 "『ウルティマオンライン』の子孫みたいなのばかり"とか特に、何言ってんだオマエって感じだ

 私の感想:「なるほど、ということはあらかじめ、」
 『このわたくしは、ゲームに関する知識が不足している状態です』
 「と述べたうえで、」
 『ゆえに皆さんは、新しいゲームが生まれない時代を生きている状態です』
 「と述べると、より読者がツッコミを入れやすいボケ方になるわけだ、メモメモ」

 hima-ariさんのコメント
 コレはもしかしてアレか? 知ったかぶりで些細な誤りを披露すると、コメントで続々と情報が集まってくる現象を利用してのアレなのか?

 私の感想:「なるほど、知ったかぶりの記事を書いてネット上に公開すると、あとは寝ていても自動的に情報が集まってくるのか」
 「ということは、」
 『ブロガーとしての評判を気にする、私だYO!
 『だから、慎重な記事のみを公開する私が、居るんだYO!
 「という信条の人はともかく、そうでもない人にとってはお手軽な情報収集の仕方だ、メモメモ」

 TERRAZIさんのコメント
 「新しい」の定義にもよる。
 スト2やバーチャですら「イーアルカンフーから進歩してない」、ingressなら「オリエンテーリング電子版」と強弁できる。
 まぁ、インベーダー以降ずっと言われてる話やね。

 私の感想:「なるほど、ということは、」
 『言っておきますが、ブログ主さんの【新しいゲームが生まれない時代を生きているのかもしれない】という主張は、完全に的外れです』
 『それもこれも、ブログ主さんの観測範囲の狭さと、ゲームの歴史に対する知識不足が原因なのです』
 「と読者たちから指摘された場合、」

 『この私が主張する「新しいゲーム」についての定義と、君たちが主張する「新しいゲーム」についての定義は、異っている』
 『ゆえに、君たちの指摘は的外れであると論できる』
 「と言ってあげると、逆転勝ちしたことになるわけだ、メモメモ」

 (ネガティブな)コメントが気になったら全レスの下書きをしてみるといいかもしれない - dlitの殴り書き
 記事からの引用
 今まで嬉しい・ありがたい指摘・コメントもたくさんもらってきたんだけど、
 その反面Aについて明確に言及してるのに「Aを取り上げてないのでダメ」とか書かれることもあるので、
 ある程度は覚悟しないといけないものなんだろうとは思う。

 私の感想:「なるほど、dlitさんがブログ上で、『これこれについて明確に語っています』という記事を公開した際は、読者のリアクションとして、」
 『いいえ、これこれについてdlitさんは一つも語っていません』
 「と言ってあげることが、人文科学的に正解のボケ方なのだ、初めて知ったので、メモメモ」

 はてなブックマーク - 東急電鉄の作成したマナー啓発広告に関連(?)して投稿されたイラストに対する反応 - Togetterまとめ

 inmysoulさんのコメント
 元ネタ広告炎上もそうだけどいちいち怒ることか?w 日本人って忙しいと思ってたけど結構みんな暇なの?w 電通の仕事手伝ってあげなよw

 私の感想:「なるほど、次のようなツッコミをもらう構造のボケ方か」
 『inmysoulさんご自身は不思議に思ったかもしれないが、そのTogetterまとめをごらんのとおり、この広い世の中にはいちいち怒りを表明する人も存在しているのだ』

 『inmysoulさんご自身は、日本人のみんなが忙しいと思っているかもしれないが、1億を超える人口の日本には、けっこうな数の暇な日本人が存在していたとしても不思議なことではないのだ』

 『inmysoulさんご自身も、「いちいち怒ることか?w」と思った話題にコメントを寄せるくらいの暇はお持ちのようなので、inmysoulさんご自身も電通の仕事を手伝ってあげましょうなのだ』

 「ふむ、『そのようなくだらない問題に口を出す暇があるのならば、もっと他の重要な問題を取り上げて言及すべきだ』という、ニセ科学批判批判の界隈でもおなじみの主張の仕方を、ボケに変えて表現したところが斬新だ、メモメモ」

 はてなブックマーク - キングコング 西野 公式ブログ - お金の奴隷解放宣言。 - Powered by LINE

 deadliftさんのコメント
 “「お金が無い人には見せませーん」ってナンダ?糞ダセー。”とか、いちいち既存のモデルや他人を無駄にdisるから、なんか好きになれないんだ。
 あと自分大好きなところ。

 私の感想:「なるほど、既存の販売モデルや他の作家さんの販売方法をdisって落としたあと、」
 「すかさず自分の販売方法を褒めて持ち上げると、」
 「その落差の効果で、より高みに居る自分の姿を演出できるというわけか」
 「これは斬新な自己プレゼンテーションの仕方を知った、メモメモ」

 skifuyuさんのコメント
 一人で作ったのなら何も言わないけど多くのクリエイターを踏み台にしてこの言葉が吐けるとか速やかに消えて.
 もっともこんな事を言う人間に次作以降人が付くとは思えないけど

 私の感想:「なるほど、西野さんは孤高に居る自分を演出していたわけではなく、」
 「じつは、『自分で自分の信用を、どこまで落とせるか?』という問い立てを作って、ブログ上でチャレンジしていたわけだ」

 「これは、『他の人たちがいかに否定的な評を下そうとも、この私は西野さんにどこまでもついてゆく』という人はもとより、」
 「そこまでの関心がなくて、いまだ西野さんに対する評を定めていない人にも注目してもらえるという、すごいチャレンジの実行だ、急いでメモメモ」
・・・・・
 以上でメモを終えるとする。また笑いと勝利を同時に取れる論者に一歩近づいてしまった。
ラベル:一石二鳥

2017年01月19日

ネタのお言葉『炎上芸であがった株を守る』

 「炎上芸であがった株を守る」とは、あの『守株』(しゅしゅ)の元ネタとなった言葉である。
 それまで過疎だった自分のブログが突然に炎上し、アクセス数が大幅アップしたことに注目し、
 そのあとも似たような炎上の記事を作って公開し続けるという態度を意味する。

 【なりたち
 あるネット上の片隅に、泡沫ブロガーのAさんが居た。
 Aさんは、自分のブログ内にトゲがある記事を絶対に置かないと決めていた。
 「他人の主張を批判するときは、相手の感情面を第一に考えること」

 「態度がすこぶる悪い人との対話も、その心情に寄り添う姿勢を見せてあげること」
 「常に、暖かく包み込むような雰囲気を出すこと」

 「遠まわしに相手の間違いを指摘して、自覚的な悟りに導いてあげること」
 「これこそが、真のブロガーだ」

 ある日、Aさんは間違ってトゲがある記事を書いて公開した。
 「このネット上には、多くのブロガーが存在して、それぞれ好き勝手に評論を展開して、ドヤ顔で締めくくっているが、哀れな姿である」

 「なにしろ、深山の頂きから世俗のすべてを見下ろすがごとく、物事の本質を知ったうえで評論を展開しているブロガーは、私ひとりなのだから」

 そのAさんの記事は、多くの人から反発された。いわく、「Aさんこそ、本質が分かっていない視野の狭いブロガーだ」

 「この広いネット上には、物事の本質を知りながらも、世俗に対する評論をいっさい控えている仙人のようなブロガーが、身を隠して多く存在しているのだ」

 「それにもかかわらず、他のブロガーを十把ひとからげにディスリスペクトして自己の優越をアピールしたAさんは、【北斗の拳キャラクター紹介】のジードさんの項目から正しいリスペクトの仕方を読み取っていろ」

 思わぬ批判の声に戸惑うAさんであったが、とにかく心を落ち着かせようとしているうちに、
 「おや、私のブログのアクセス数が、今まで見たことがないくらいの値に達しているではないか?」
 「良くも悪くも、私の株はあがったということか? これが、炎上芸のメリットなのか?
 とポジティブな思考になった。

 Aさんは、それまでの「暖かく包み込むような雰囲気を出すブロガーで居る」という信条を捨てることにした。
 かわりに、読む人の神経を逆撫でするような記事の作成に努めた。
 「この炎上のスタイルを維持するかぎり、私のブログは倍々ゲームのようにアクセス数がアップする計算なのだ」

 しかしながら、しばらくの間は批判者たちも反応を示していたものの、似たような炎上芸を何度も見せられているうちに慣れてしまい、コメントを寄せなくなった。

 ついには、「他人をイラつかせることに己のリソースをつぎ込むAさんの姿勢が、大好きです!」と言って残っていた最後の愛読者すらも、
 「Aさんは、炎上を狙いすぎ」
 「Aさんは、アクセス数にこだわりすぎ」
 「Aさんは、みんなからの批判を真摯に受けとめるべき」
 「Aさんは、清廉な記事のみを書いて公開するブロガーに成長するべき」
 と言って姿を消した。
 
 結果的に、Aさんのブログは以前よりも閑古鳥が鳴く状態となった。「カッコー、カッコー」
 キジバトも鳴いた。「ホーホ、ホッホホー。ホーホ、ホッホホー」

 物悲しい鳴き声を聞いた人々は、「炎上芸であがった株を守るAさん、かえって過疎を進めたり」と言って哀れんだ。
 Aさんは、それでも方針を変えることなく、炎上の記事の作成にこだわり続けて一生を終えた。

 誰も居なくなったAさんのブログ跡を訪れて過去ログを読んだ韓非は、のちに「炎上芸であがった株を守る」という言葉を意識しながら守株のたとえ話を作ったのであった。
ラベル:他山の石

2017年01月15日

笑いと勝利を同時に取れる論者になるためのメモ、その3

 気になる記事をいくつか発見したのである。以下にメモしておくのである。

 はてなブックマーク - כניאל שחור(けにえるセンパイ)さんのツイート そしてニセ科学の批判者も自分の中には非合理性はないと思ってる立場でするから、見当違いというか上っ面でしか批判できないので
 ublftboさんのコメント
 んなわけない。死ぬまでせめぎ合いだよ。合理という思考の綱を渡ろうとしているようなものだ。
 じゃなきゃ、クリティカルシンキングという道具に注目はしないのだ。

 私の感想:「なるほど、ということは、次のようなニセ科学批判批判を行うと一人勝ちできるわけだ」
 『この私の思考には、非合理性がある』
 『この非合理性に基づく見当違いの批判を、私は過去に行ったことがある』
 『ゆえに、世のすべてのニセ科学批判者たちも、非合理性に基づいた上っ面で見当違いの批判を過去から現在まで行ってきたといえる

 はてなブックマーク - 「疑似科学とされるものの科学性評定サイト」について - Interdisciplinary

 Mochimasaさんのコメント
 確かにあれは雑だと思う。客観的な評定というよりは、運営者の立場を表明する作文に近い。

 私の感想:「なるほど、つまり、」
 『これからみなさんにお見せする記事は、わたくしの主観を重視して書いたものですが、表面上は客観的な視点を重視した評のように仕上げました』
 「と述べると、『それは作文というものだ』とツッコミを入れてもらえるわけだ、メモメモ」

 はてなブックマーク - はてなブックマーク - 「疑似科学とされるものの科学性評定サイト」について - Interdisciplinary 
 ublftboさんのコメント
 改めて。当時目にした所で最も酷いと思ったのは、「すべての医学は厳密な意味ではまだ未科学であるということだ。」という部分。
 こういう根幹に関する記述を入れたままリリースしたのは頂けなかったと私は思います。

  私の感想:「なるほど、ということは、」
 『まともな科学も、厳密には未科学である』
 『ニセ科学も、表向きはまともな科学を装っている』
 『ゆえに、まともな科学とニセ科学は同列に扱ってよいといえる』
 「という悪しき相対主義のような言い方でボケることもできそうだ、メモメモ」

 Nagapiiiさんが2012年09月22日に公開されたツイート
 わしはかつてASIOSのメンバーから「超心理学を批判するのにユリ・ゲラーを持ち出すな!」と怒られたことがある。
 それなのに、石川幹人氏が自著の中で
 「超心理学者のあいだでさえもゲラーの評価は二分され、実態はわからずじまいとなっている」
 とゲラーのことを弁護しているのは大きな驚きである。

 私の感想:「なるほど、次のような考え方があったのか」
 『超心理学を批判する際に、ユリ・ゲラーの話を持ち出してはいけない』
 『なお、この私自身が超心理学を語るときはユリ・ゲラーの話を持ち出しているが、これは問題ない』

 『なぜならば、「超心理学者たちのあいだでは、ユリ・ゲラーに対する評価が二分されており実態が不明」という趣旨で私は語っているからである』
 『ゆえに、私の態度はダブルスタンダードに当たらないといえる』

 「とはいうものの、ユリゲラーの話を批判的に取りあげることさえしなければ、超心理学に批判的な論者でもユリ・ゲラーの話を存分に持ち出すことができるわけだ」
 「これは重要な論点を発見してしまった、急いでメモメモ」

 超心理学は科学か?きくまこせんせとの会話 - Togetterまとめ

 Nagapiiiさんが2013年8月5日に公開されたツイート
 「超心理学は科学だから批判してはいけない」という論法はそもそもおかしい。
 科学は批判しちゃいけないのか?
 わしゃ科学だろうとおかしなこと言ってりゃ批判するぞ。

 私の感想:「なるほど、ということは、次のようなニセ科学批判批判を実行すると3連勝を収めることができるわけだ」

 1勝目:超心理学を批判しているニセ科学批判者の姿を見かけたら、『超心理学は科学である。ゆえに、批判することは間違いである』と言ってあげる。

 2勝目:超心理学を批判していないニセ科学批判者の姿を見かけたら、
 『怠慢である。一文字でも怪しい部分があるのならば、もれなく取り上げて指摘することがニセ科学批判者の義務である』と言ってあげる。

 3勝目:超心理学に対する評価を保留しているニセ科学批判者の姿を見かけたら、
 『すぐに判断を下さないとは何事か』
 『ほかのものを批判している者ならばともかく、ニセ科学を批判している者であれば、超心理学がニセ科学か否かを0.2秒で判断せねばならんのである』
 と言ってあげる。

 J・Bライン批判がもはやビリーバーと同水準 - 懐疑論者の祈り
 記事から引用
 というもので、要するに1930年代には実験の問題は批判する側もネタが尽き、
 残る攻撃対象の統計数学にも欠点がなく、微小ながら統計的に有意という結果だけが残ったわけです。
 ただし、それは超能力と呼ぶにはいささか微妙で…
 「 膨大な試行回数でカードの絵柄当てをした結果、ランダムからは少し外れた頻度で正答した」という現象が検出できた」
 という程度に過ぎません。

 私の感想:「なるほど、ワカシムさんの記事によると、はっきりと超能力と言うには微妙であるが、1930年の当時には、すでに微少ながら統計的に有意という結果が出ていたのか」
 「ということは、今後の追試しだいで超能力の存在がはっきりとしたものになるかもしれないわけだ」
 「これは、私にとって新たな知見だ」
 「しかも、若かりしころに超科学の本を読みあさっていた私にとって、ワクワクな知見だ、要メモメモ」

 (注:昔に読んでいた超科学の本については、ほとんど忘れかけているが、たとえば、)
 『ゴルフをしていたら、大黒様の彫刻が空中から出現して、そのあとの私はホールインワンを連発しました』
 (という、驚異の超科学が実証されたとか、驚異の超科学が失笑されたとか、そういう感じの本を読んだ記憶が薄く残っている)
 (それから、「紙に書いた回路に念力を送ると、なんちゃら装置が動力源なしで起動して、云々」という本も読んだ記憶があるが……)
 (ダウジングだったか? いや、ディーンドライブか? ラジオニクス? ヒエロニムスマシン? イエロー・サブマリン?)

 科学と技術の諸相 超科学と対峙する
 記事の冒頭から引用
 この論文では、いわゆる《超科学》が、現代科学の限界を超克し、学問として新たな地平を拓く可能性あるかどうかを考察する。
 結論としては、大半の《超科学》的な論説が、方法論的に見て欠陥があるとの理由から、学問的主張としての有効性を持たないとされるが、
 だからと言って全ての《超科学》を否定しさる訳ではなく、いくつかの積極的な価値を認めることになる。

 私の感想:「超心理学に関する言葉でネット検索していると、この記事を発見した」
 「はて、どこかで見た記事だなと思ったら、2006年ごろに見つけて読んでいた吉田伸夫さんのウエブサイトの中にある記事だった、すっかり忘れていた、改めて熟読しておこう」
 「この記事を再発見できたのも、Nagapiiiさんのツイートやワカシムさんの記事が読めたおかげである。お二人に感謝する」
 「同時に、私自身のアンテナの感度の高さにも感心しておくのである」

 科学の手続きで行われた不正はバレるべくしてバレて叩かれるのにニセ科学は検証されないどころか無批判に紹介されることもあるというマスコミのアレはどう考えればいいのさ - novtanの日常
 記事から引用
 Natureと結託して、EM菌論文(もちろん結果捏造)を掲載させた上で「あれ、実は捏造でした」ってやったら大バッシング大会になるのかな?

 私の感想:「なるほど、ということは前フリとして、」
 『いわゆる罵倒芸的肥料についてですが、他の肥料とは比較にならないくらいのすごい効果があります、というのも、これこれこのように科学的な検証に基づいたデータが実在しており、云々』
 「と主張を展開したあと、」
 『というわけで、以上は私の脳内で勝手に想像した罵倒芸的肥料のデータに基づいて出力した文章であります』
 「と述べて落とすというボケ方があったわけだ、メモメモ」

 NATROMさんが2013年05月15日に公開されたツイート
 エピペンに関しては伊藤氏は自分の意見を明確にしないだろうと予測する。
 「いくらなんでもそりゃエピペンは必要でしょ」と言っちゃうと潜在的な顧客の支持を失ってしまう。
 「議論が必要」「個々が深く考える」「いろいろな意見があっていい」などと言って逃げ回るであろう。

 私の感想:「なるほど、NATROMさんが必要と考えるものであっても、『議論が必要』『個々が深く考える』『いろいろ意見があっていい』というセリフを述べると、」
 「NATROMさんの発言を信頼している人はともかく、そうでもない人には慎重な自分を印象付けることができて支持をゲットできるわけだ」
 「たった3つのセリフで支持者を増やせるお得な方法だ、メモメモ」

 NATROMさんが2010年12月20日に公開されたツイート
 養老孟司や浜六郎や近藤誠や新谷弘実や真弓定夫や石原結實や安保徹や矢山利彦や野島尚武(以上、敬称略)には、いちいち文句を言いました。
 QT :@deoanzai トンデモサイトであることは疑いないが、おかしな医者のサイトがあったらこの人はいちいち文句言うのか?

 私の感想:「なるほど、次のようなボケ方があったのか」
 「まずは前フリとして、」
 『最近になってNATROMさんという御方を知ったのだが、この御方はネット上で医学的におかしな主張のサイトをいくつか見つけても、いちいち文句を言わないでスルーに徹する人であろうと私は判断する』
 「と述べて、次に、」
 『なぜならば、この私自身がネット上で医学的におかしな主張をしている医者のサイトをいくつか見つけても、いちいち文句を言わずにスルーしているからである』
 「と述べて落とす」
 「これでNATROMさんから笑いが取れるわけだ、メモメモ」

 NATROMさんが2016年09月30日に公開されたツイート
 「医学的知識は皆無ですし、医学を志す気もない一般人」の人から、「従来の知見のとらわれすぎ」というありがたいアドバイスをいただきました。
  https://pic.twitter.com/5oY14Oatzo

 私の感想:「なるほど、『私は医学的知識がなくて医学を志す気もない者ですが、NATROMさんが従来の知見にとらわれすぎていることが解ったのです』というボケ方があったのか」
 「医学だけでなく、法学や経済学など他の分野でもできそうな汎用性の高いボケ方だ、メモメモ」

 NATROMさんが2017年1月14日に公開されたツイート
 私は普段からホメオパシーやらEMやら超ミネラル水やら、見込みゼロの「ニセ医学」を見慣れているせいか評価が甘くなっています。
 「1例でもちゃんとPubmedで検索できる雑誌に症例報告している」というだけで「なかなかやるじゃん。頑張れ」という気持ちになります。

 私の感想:「なるほど、ということは今から私が、」
 『disりながら作成した肥料、その名は罵倒芸的肥料、効果は通常の56億7千万倍、これよりPubmedで検索できる雑誌に症例報告してごらんにいれよう』
 「と言いながら報告して掲載された暁には、NATROMさんから励ましの言葉をもらえるわけだ、これはチャンスだ、メモメモ」

 NATROMさんが2017年1月10日に公開されたツイート
 @SciCom_hayashi それはそうと「甲状腺がんの検診によって死亡率が低下している」データは発表されましたか?
 ずっと待っているんですが。もう1年たちつつありますよ。
 そのようなデータは存在せず、林衛さんの理解不足によって生じた誤解の産物に過ぎないと、私は考えています。

 私の感想:「なるほど、『これこれのデータが存在する、ゆえにNATROMさんの主張は間違っていると結論できる』と述べたあと、」
 「そのデータをなかなか紹介しないでおくと、一年が経ったころにNATROMさんからツッコミがもらえるわけだ、メモメモ」

 NATROMさんが2017年1月14日に公開されたツイート
 @TK074HAKUTAKA その「当たり前」のことすらご理解できない方々がいらっしゃるんです。
 いまだに過剰診断の定義すらわかっていないような。

 私の感想:「なるほど、NATROMさんの主張の隙を突くようなデータを示しながら反論を展開する場合は、ただの反論でしかないわけだが、」
 「そもそもNATROMさんが何を主張しているのか一つも把握していない状態で反論を展開してゆくならば、」
 「ツッコミどころ満載の反論が自動的にいくつも作成できてしまうわけだ、これは実用的なボケ方を知った、メモメモ」

 赤手空拳 - 平明四字熟語辞典
 【意味】赤手空拳とは、手に何も武器を持たないで立ち向かうこと。転じて、何の援助もなく独力で物事を行うこと。

 私の感想:「なるほど、主流の科学の知識に頼ることなく、独自で考えた理論ひとつで立ち向かうニセ科学批判批判のタイプは、赤手空拳と呼ばれるものだったのか」
 「カーネル大佐空極流舞とは違う技なのか」
 「シャア少佐が使用すると、赤い彗星空拳と呼ばれるのか」
 「仮面の忍者が使うと、赤影空拳になるのか」
 「赤べこと赤手空拳は、起源に関係があるのか無いのか」
 「これらの答えを見つけて思考に組み込んでおく必要がある」
・・・・・
 以上でメモを終えるとする。今回もまた、笑いと勝利を同時に取れる論者に一歩近づいた私であった。

2017年01月12日

ネタ話『態度がすこぶる悪いニセ科学ビリーバーでも絶対に説得すべきと主張したニセ科学批判者と、それを信じて実行して嘆いたニセ科学批判者』

 その宇宙一の君子的なニセ科学批判者を目指しているAさんは、ほかのニセ科学批判者たちに向かって主張しました。
 「たとえ議論の相手がすこぶる態度の悪いニセ科学ビリーバーであっても、みなさんは絶対に説得をあきらめてはいけません

 「反発されたり、嘲笑されたり、人格攻撃されたり、匿名と実名の話にすり替えられても、みなさんは説得を続けるべきです」

 「あいまいで抽象的なコメントをたくさんもらった末に一方的な勝利宣言を聞かされても、みなさんは唖然としていないで説得を続けるべきです」

 「変なネガティブキャンペーンを張られて事情を知らない人たちから冷たい目で見られても、みなさんはなにも言わないでじっと耐えるべきです」

 「態度がすこぶる悪いニセ科学ビリーバーの心情に寄り添い、優しい微笑みを見せてあげ、あたたかい雰囲気で包み込んであげ、遠まわしに間違いを指摘しながら科学リテラシーの大切さを自覚させてあげるべきです」

 「ネット上で見かけた態度のすこぶる悪いニセ科学ビリーバーたちを、片っ端から説得してみせる。これこそが、真のニセ科学批判なのです

 それを聞いたほかのニセ科学批判者たちは、「そう思うのならば、Aさんがご自身で実行して成果を出してください、その際は参考にします」
 と言って済ませました。

 しかしながら、Bさんだけはハイな気分で賛同しました。「Aさんの言うとおりだ!」
 「態度がすこぶる悪いニセ科学ビリーバーたちを片っ端から説得してみせてこそ、真のニセ科学批判といえるのだ!」

 さっそくBさんは、Aさんの主張したとおりのニセ科学批判を始めました。「説得だあ! 態度がすこぶる悪いニセ科学ビリーバーたちを、説得だあ!

 その翌日のBさんは、頭ごなしに反発されて嘲笑されて人格を攻撃されました。「でも、文句は言わないぞ、絶対に文句は言わないぞ!」

 さらに翌日のBさんは、なにを言いたいのか一つも分からないモヤッとした返事をもらって読み解きに苦労しました。「でも、読み解くぞ、絶対に読み解いてあげるぞ!」

 そのまた翌日のBさんは、嘘しか書いていないネガティブキャンペーンを張られて、事情を知らない人たちから冷たい目で見られました。「でも、じっと耐えるぞ、絶対にじっとして耐えるぞ!」

 その状態で1000日が経ったころ、Bさんは自分のブログで成果を報告しました
 「1000人のすこぶる態度が悪いニセ科学ビリーバーと対話して、僕の説得に納得してくれた人は、たったの一人でした!
 「でもこれは、僕の力不足が原因なんです!」

 「今ごろAさんは、すごい数の態度がすこぶる悪いニセ科学ビリーバーを説得しているに違いないよね!」

 Bさんは、Aさんのブログを閲覧しました。Aさんは、「話を聞いてくれそうなニセ科学ビリーバー」を説得している最中でした

 不思議に思ったBさんが質問すると、Aさんは答えました。
 「ええ、たしかに1000日前の私は、態度がすこぶる悪いニセ科学ビリーバーたちを片っ端から説得すべきと主張しました」

 「その直後、私は態度がすこぶる悪いニセ科学ビリーバーと対話して説得を試みました。すぐに、対話を中止しました」
 「なにしろ、態度がすこぶる悪いニセ科学ビリーバーとやり取りする作業は、私の神経をみるみると消耗させてしまったのです」

 「その後の私は、話を聞いてくれそうなニセ科学ビリーバーに限定して、語りかけを続けてきました」
 「おかげさまで、頭ごなしに反発されるという目には遭わず、変に誤解されて信用を落とすという目にも遭わず、それどころか、私のブログの愛読者になってくれる人がたくさん居てくださりまして大にぎわいです(^^)V」

 それを聞いたBさんは、ローな気分でつぶやきました。
 「あのとき、Aさんの主張を聞いて飛びついた僕は」

 「態度がすこぶる悪いニセ科学ビリーバーたちの説得を試みて」

 「嘲笑や人格攻撃をもらっても、じっと耐えて」

 「意味がよくわからない返事をもらっても、読み解きに頑張って」

 「理不尽なネガティブキャンペーンを張られて、事情を知らない人たちからの信頼を失って」

 「それでも、1000日のあいだ頑張って」

 「説得に成功した態度がすこぶる悪いニセ科学ビリーバーは、1000人のうち1人だった」

 「一体どの時点で、自分の非効率な活動に気がつくべきだったといえるのだろうか?」

 「その答えを見出したところで、なにかが変わるわけでもない。いまの僕には、引退するしか道はない」

 ポジティブシンキングがオフになったBさんは、人里から離れた尖峰の頂きに小さな庵をかまえて移り住み、朝に夕に己の不明を嘆いて一生を終えました。

 以上、「態度がすこぶる悪いニセ科学ビリーバーでも絶対に説得すべきと主張したニセ科学批判者と、それを信じて実行して嘆いたニセ科学批判者」というお話でした。

 教訓:「この話は、現時点における自分の実力をかえりみず、君子的なニセ科学批判者が説く理想論に飛びつこうとしているニセ科学批判者に聞かせてあげるとよいでしょう」
ラベル:疲れ