2017年01月09日

笑いと勝利を同時に取れる論者になるためのメモ、その2

 気になる記事をいくつか発見した。以下にメモしておく。

 はてなブックマーク - Sakino Takahashiさんのツイート 「ニセ科学」が迷信みたいなものなら、「ニセ科学批判」はカルトみたいなものだものなぁ。どっちもロクなことはない。

 ublftboさんのコメント
 その「なら」の使い方は何?「迷信みたい」の意味不明瞭。「カルトみたい」の意味不明瞭。/ 「ニセ科学を斬る!」という特集に寄稿しながら「自分は違う」的な物言いをするってのは、どういう認識からなのだろうか。

 私の感想:「なるほど、前フリとして『ニセ科学を斬る!』に寄稿し、次に『既存のニセ科学批判はカルトみたいだ』と主張し、最後に『ただし私が行うニセ科学批判は例外だ』と述べて落とすというボケ方があったのか、メモメモ」

 はてなブックマーク - 武甕雷さんのツイート 過剰診断との指摘がネットに 氾濫しているが、 リンパ節転移があるとはどういう事か、考えて下さい。 子供の命を何だと思っている‼ h️ttps--t_co-ZpsYdHEWWr

 ublftboさんのコメント
 何が興味深いって、この後にNATROMさんが指摘なさっている45歳未満のステージの記述が、この画像と「同じページ内」にあるってことなんですよね。いかに、見ないものしか見ないか、というお話。

 私の感想:「なるほど、次のようなボケ方があったのか」
 「前フリとして、NATROMさんの主張と似たような内容が書かれているウエブサイトのページを提示したあと、」
 『おいお前! このページのどこに、NATROMさんの主張と似たような記述があるのか、言ってみろ!
 「という感じで、ジャギさん風のセリフでボケてみせる」

 「いや、この場合、ジャギさん風のボケ方はちょっと無理ですと思ったときは、」
 『あのページのどこに、NATROMさんの主張と似た記述があるのか、言ってみろーっ!
 「という感じで、ジャギさんの胸像の前で叫ぶモヒカンさん風にボケてもよい」

 はてなブックマーク - Erin@cf_The Crowさんのツイート @NATROM 全記事を読んでいるわけじゃありませんので、そのうちね〜。

 ublftboさんのコメント
 「その場は公開情報に基づく記述がなされている。間違っていると言うのなら具体的に指摘しろ」→「具体的にはここが間違っているのだが、一体どのような根拠をもって妥当と言えるのか」→「読んでないからその内ね」

 私の感想:「なるほど、次のようなボケ方があったのか」
 「まずは前フリとして、あるウエブサイトのページを提示し、」
 『このページの内容は科学的に正しいのだ、違うと言うのなら、どこがどう違うのかツッコミを入れてくれたまえ』
 「とNATROMさんに向かって質問し、そのあとNATROMさんから、」
 『そのページの記述は、これこれこの部分が間違っている、逆に聞きたいが、なぜにそのページの記述を科学的に正しいと思ったのか?
 「とツッコミをもらうので、」
 『なぜに科学的に正しいページだと思ったのか、私にも分かりません(?_?)』
 『なにしろ、そのページの内容を私は読んでいないのです(?_?)』
 『これって一体、どういうことなんでしょう(?_?)』
 「と言って落とす」

 はてなブックマーク - 石ころさんのツイート 帯津良一医師っておじいちゃん医者もニセ科学の本命の一人と思うけど、あまり批判を見ないね。色んな雑誌で連載もってたりするし、危険度はかなり高いと思うけ

 ublftboさんのコメント
 “帯津良一医師っておじいちゃん医者もニセ科学の本命の一人と思うけど、あまり批判を見ないね。” 見ていない、もしくは、時間的に近いものしか知らないからでは。

 私の感想:「なるほど、ということは、あらかじめ帯津良一医師の主張に批判的な記事をネットで検索し、見つかった記事を提示したうえで、」
 『帯津良一医師の主張を批判した記事って、一つもないよね。世のニセ科学批判クラスタの観測範囲って、すごく狭いんだな
 「と述べると、より完成されたボケ方になるわけだ、メモメモ」

 はてなブックマーク - 稲葉振一郎さんのツイート ニセ科学界隈がピュアオーディオに何も言わないのは、害がないからでしょうか。

 私の感想:「なるほど、稲葉振一郎さんという学者さんがニセ科学批判批判していたのか」
 (注:稲葉振一郎さんは「ニセ科学界隈が」という言い方をされているが、おそらく「ニセ科学批判界隈が」と言いたかったと推測する)
 「はてなブックマークでは、『なにを優先して批判するかは各個人の自由である』という感じのコメントが多いようだ」

 「ところで、kamo_hiroyasuさんから『いいえ、ちゃんと言及されていますよ』という感じのツッコミをもらった稲葉振一郎さんが、『社会悪として批判されているわけではないのですね』と返しているところは参考になった」
 「まずは前フリとして、」
 『なぜに世のニセ科学批判クラスタは、この私が問題だと思っているこれこれの怪しい説に一つも言及しないのだろうか?
 『批判の対象として優先順位が低いから言及しなくてよい、とでも思っているのだろうか?』
 「と疑問を呈し、それを見た読者から、」
 『いいえ、一つも言及されていないということはありませんが……。ネットで検索したら、、いくつか批判的な記事が見つかるわけですが……』
 「というツッコミが来るので、」
 『この私を満足させるような形の批判記事はありませんよね
 「と返してあげると勝ったことになるわけだ、メモメモ」

 はてなブックマーク - yuriさんのツイート 本気で頭が痛くなってきた___あんなに問題の多い文章が掲載されるのなら、理科の探検(RikaTan)「ニセ科学を斬る!2017」への寄稿は取りやめた方がいいのかも___https--t

 ublftboさんのコメント
 
“...あんなに問題の多い文章” 調べても把握出来なかったのですが、これってどれのことですか?

 私の感想:「なるほど、『理科の探検(RikaTan)』に問題が多い文章が含まれていることを見出して憂慮を表明し、具体的にどの部分に問題があるかは言わないでおくと、ublftboさんからツッコミがもらえるわけだ」
 「数年か、数十年が経ったころの私も、『ニセ科学を斬る!2017』に寄稿する機会があるかもしれないので、そのときにublftboさんからツッコミを入れてもらうためにも、メモメモ」
・・・・・
 (以下は「ニセ科学批判批判」と趣旨が異なる記事であるが、ブロガーとして心得ておくべき記事と判断したのでメモしておく)

 はてなブックマーク - 僕が日本一周して感じた、再訪する気のない県TOP5 -

 traveler-hideさんのコメント
 どんな記事?とワクワクして読んだけど、中身スカスカやん。逆によく記事にしたとたたえたいw

 私の感想:「なるほど、まずは日本を一周し、そのあと自分のブログで複数の県を薄く批判すると褒めてもらえるわけだ、これは私にも今すぐ実行できそうなブログ記事の書き方だ、要メモメモ」
・・・・・
 以上でメモを終えるとする。また笑いと勝利を同時に取る論者に一歩近づいてしまった。

2017年01月08日

ネタのお言葉『庭のイバラを刈るべきか』

 「庭のイバラを刈るべきか」とは、あの「郢書燕説」(えいしょえんせつ)の元ネタとなった言葉である。
 「一人の論者がネット上に公開した意味がよく分からない主張を、読む側の人々がそれぞれ自分なりに解釈して納得する」という意味である。

 【なりたち
 あるブロガーのAさんが、自宅の庭にはびこるイバラを気にしながらブログの予稿を書いていた。
 その際に、うっかり「庭のイバラを刈るべきか」という言葉を予稿の中に書き込み、そのままブログ上で公開してしまった。

 その記事を読んだ別のブロガーであるBさんは、
 「これはなにを意味しているのでしょうか? おそらく、自身が管理するブログ内にイバラが生えたようなトゲトゲのdisの記事を置いてはいけませんという意味でしょう」
 と解釈した。

 さっそくBさんは自分のブログに戻り、
 「ネット上は公の場だと認識するブロガーならば、イバラが生えたようなdisの記事は控えるべきです」
 「トゲのない優しい雰囲気の記事の作成に細心を払い、読者たちに和みの場を提供してあげましょう」
 という記事を書こうとした。

 しかしながらBさんは間違って
 「ネット上の議論においては、目先の勝利が第一です。ネットマナーとか相互理解とか、そんなの関係ありません」
 「イバラが生えたようなdisの作成に、己の持てるすべてのリソースをつぎ込みましょう」
 「トゲのない無難な記事を量産したところで、面白みがないので読む人の思考に一つも残りません
 という記事を書いて公開してしまった。

 それを見た別のブロガーであるCさんは、「一体どういうこと? 私のような泡沫過疎ブロガーの場合、まずは炎上芸に勤しんで知名度をあげるべきってこと?」と解釈した。

 さっそくCさんは、自分のブログに戻ってdisの記事を書いて公開した。
 それを見た読者たちは、それぞれの立ち位置の違いによって批判のコメントや支持のコメント、諌めのコメントなどを送った。

 あるときには、
 『この私は第三者で中立で絶対的な傍観者ですと自己紹介したあと、前フリとして難解な用語を並べて長い演説をぶってオチに一般論を持ってきて締めくくる』
 という、Cさんが今まで見たこともない立ち位置の人からのコメントも送られて来た。

 その後もCさんが新しくdisの記事を書いて公開するごとに炎上し、Cさんのブログの知名度は日ごとに向上し、気がつくとCさんは泡沫過疎ブロガーから脱却して有名ブロガーになっていた。
 にぎわう自ブログの状況を元の発言者であるAさんにトラックバックで伝えると、Aさんは「えっ、なんの話?」と首をかしげるばかりだった。

 この騒動のすべてを見ていた韓非は、のちに「庭のイバラを刈るべきか」という言葉を意識しながら郢書燕説のたとえ話を作ったのであった。
ラベル:善意で解釈

2017年01月07日

笑いと勝利を同時に取れる論者になるための、「批判批判」に関するメモ

 2017年になっても常勝のニセ科学批判批判を求めてネット上を旅していた私は、気になる記事をいくつか発見した。以下にメモしておく。

 はてなブックマーク - nagayaさんのツイート すいません。せっかく紹介していただいたのに1行も読んでません。ここしばらく、「さあ世界線を超えて、僕たちの愛をあのコマ犬のように固定化しよう」的なやわ

 ublftboさんのコメント
 >“すいません。せっかく紹介していただいたのに1行も読んでません。” 笑い事じゃないけど笑ったわ。舐めすぎてる

 私の感想:「なるほど、まずはNATROMさんの主張に疑問を呈し、しばらく議論したのちに、『NATROMさんに紹介してもらった本については一行も読んでいません』というコメントを発表すると笑いが取れるのか、メモメモ」

 はてなブックマーク - モン=モジモジさんはTwitterを使っています ニセ科学批判クラスタは、こういうのは批判しないよね。 @yamtom https--t_co-f0Pa8IsYmt

blackshadowさんのコメント
 >イシュー化、コンテンツ化、エンタメ化、そして人を巻き込む能力。
 >この辺の才能持つ人が居ないと分野が過疎る。
 >ニセ科学批判がどうやって支持基盤築いたかを見て自分達に何が足りないのか学べば良いのに。

 私の感想:「なるほど、ということは、ニセ科学批判の支持基盤が築かれた経緯など学んでいないと予め断ったうえで、」
 『世のニセ科学批判クラスタは、この私が個人的に気になっているこれこれの説を批判してくれないので、役立たずのクラスタである
 「と述べると笑いが取れるわけだ、メモメモ」

filinionさんのコメント
 >「専門外の分野で知ったかぶりして愚かな過ちを広める」のがニセ科学論者や歴史修正主義者、陰謀論者等々の特徴。
 >だから批判者は逆に自分の領分を守る。
 >反歴史修正主義の人も疑似科学批判にはあまり立ち入らない。

 私の感想:「なるほど、専門分野の人たちのところに赴いて知ったかぶりのコメントを一つ呈してあげると、まもなく専門分野の人たち全員から笑いが取れるわけだ、費用対効果がすごいボケ方だ、メモメモ」

 enemyoffreedomさんのコメント
 >江戸しぐさは逆に歴史修正主義批判クラスタがさほどリソースをさいていないようだったので「社会はうまい具合に分業されるものだな」と感心した。
 >リソースは有限で能力興味関心も人其々なので多様性ある分担こそ有用

 私の感想:「なるほど、ということは、」
 『どんなにすごい論者でも、批判活動に割り当てられるリソースって、結局は有限なんだよね
 「と前フリを述べたあと、」
 『ニセ科学批判クラスタって、あれを批判しないよね、これも批判しないよね、それすらも批判しようとしないよね』
 『結局、彼ら彼女らは、この世に存在する数多のインチキのごく一部しか批判しない怠慢なクラスタなんだな
 「というオチを述べると笑いが取れるわけだ、メモメモ」

 IkaMaruさんのコメント
 >それは科学じゃないって? 江戸しぐさも科学じゃないけど、でも口出されまくりだったよね

 私の感想:「なるほど、ということは、次のような感じで主張を展開すると勝ったことになるわけだ」
 『君たちニセ科学批判クラスタは、科学以外の分野のインチキに口を出してはいかんのだ
 『ところで、あの「江戸しぐさ」は科学以外の分野のインチキなのだ』
 『それにもかかわらず、君たちニセ科学批判クラスタは「江戸しぐさ」に口を出してしまったのだ』
 『ゆえに君たちは、「世のニセ科学批判クラスタは、科学以外の分野のインチキに口を出してはいかんのだ」という決まりを破った者たちとして私から認定されるのだ

 ublftboさんのコメント
 >こういう意見に対しては3つ。1)本当にその対象は批判していないのか 2)それなら自分でやれ 3)批判されるべきものがあると思ったら、批判出来そうな人なりに紹介せよ

 私の感想:「なるほど、ということは、次の3つの態度を見せると勝ったことになるわけだ」
 その1:まずは、自分が個人的に気になる怪しい説をネット上なりリアルな世界なりで発見した際に、
 『あの怪しい説は、過去に誰一人として批判的に言及してこなかった』と述べて、
 『世のニセ科学批判クラスタの怠慢には困ったものだ』とあきれてみせる

 その2:それを聞いたニセ科学批判クラスタから、
 「そう思うのなら、ご自身で批判を実行して成果を出してください、その際は参考にします」
 と言われるので、
 『この私は、君たちの活動を大所高所から見下ろしている者である』
 『ゆえに、私自身がニセ科学批判を始める理由は一つもないという結論になる』
 と返してあげる。あるいは、
 『今の私は傍観者にすぎないが、【怪しい説を自分自身で批判したい!】という気持ち自体はある』
 『ゆえに、この気持ちの高まりが私自身で定めたピークに達したときに、私自身で怪しい説を批判する』
 と返してあげる

 その3:それを聞いたニセ科学批判クラスタから、
 「自分で問題だと思っている怪しい説を自分で批判する気がないのならば、批判できそうな人のところに出向いて紹介すれば良いのではないか」
 と言われるので、
 『この私は、自分で問題があると思った怪しい説を批判できそうな人のところに出向いて紹介する気などない、むしろ批判できそうな人のところに出向いて紹介する義務は君たちにある
 と返してあげる。これで、勝ったことになる

 はてなブックマーク - はてなブックマーク - モン=モジモジさんはTwitterを使っています ニセ科学批判クラスタは、こういうのは批判しないよね。 @yamtom https--t_co-f0Pa8IsYmt

ublftboさんのコメント
 >あの人達はこれ批判してないよねー。とか皮肉混じりに言うくらいなら、こういうのがあるのだが知っているか、批判する意義があるのでないか、と呼びかける方が遥かに建設的ですよ。
 >皮肉自体が目的なのかもだけど

 私の感想:「なるほど、ということは、」
 『これこれこういう変な説を私は某所で見かけました、これって批判すべき変な説ではないでしょうか?』
 「と呼びかけたうえで、」
 『この変な説に言及していないニセ科学批判クラスタは、怠慢だ』
 「と述べると、もう一つ笑いが取れるわけだ、メモメモ」

 kamezoniaさんが2014年12月5日に公開されたツイート
 >「○○を批判する人は、似たような構図の△△をなぜか批判しない」式の揶揄だか嫌みだかをしばしば目にする。
 >それでなにかをほのめかしているつもりらしい。
 >が、その発言からわかるのは発言者の視野の狭さや思い込みの強さぐらいなのではなかろうか

 私の感想:「なるほど、ということは、」
 『べつに嫌味や揶揄というわけではない、私の観測範囲から導かれた内なる印象をネット上で語ったにすぎない』
 『そして、このような印象を私が心の中で懐いていたのは事実である』
 『この事実に対して、君たちが文句をつけるとは何事か? 君たちこそ、論点が分かっていない視野の狭いクラスタである
 「と返してあげると、もう一つ笑いが取れるわけだ、メモメモ」

 はてなブックマーク - A_Ichiro@世を忍ぶカエルの姿さんのツイート ニセ科学批判にカっとなる人の心理って、なんだろう。時々考えるんだけど、予想がつかない

 kamezoさんのコメント
 >自分が応援しているもの好きなものが批判されると、反射的に「あの批判はおかしい」と合理化したくなる、ということはありそう。
 >それで全部が説明できるとも思えないけど

 私の感想:「なるほど、つまり、」
 『噂によると、これこれの説を誰それが批判しているらしいのだが、これこれの説は私にとって好きな説であり、応援している説だったりする』
 『ゆえに、誰それが行っている批判の内容を詳しく吟味せずとも、即座に間違っていると断定して良い理屈になる
 「という主張を見せると笑いが取れるわけだ、メモメモ」
・・・・・
(以下にメモしておく記事は、いわゆる「ニセ科学批判批判」ではないが、大いに感心した「批判批判」である
 fluor_doubletさんのTwilog、2016年12月18日付近で発見した3つのツイート
 1つ目
 >アナグマ(アライグマ?)をバットで撲殺した話が TL をにぎわせている。アライグマなら、よくやったと思う。アナグマなら、いいなあ鍋にして食べたいな羨ましいと思う

 2つ目
 >人間として許せないとかの感想があるけど、他の生き物を食わず殺さず生きているのか

 3つ目
 >アナグマもタヌキもハクビシンも、ロードキルでいっぱい道端に死んでるよね

 私の感想:「なるほど、次のような考え方か
 ・この私は、アナグマやタヌキやハクビシンのしかばねを、走行中の自動車やバイクにはねられたと思われる状態で道端に数多く見つけたことがある
 ・ゆえに、今回の「アナグマのような動物をバットで撲殺したらしき画像をネット上で公開した人の行為」は、批判する側が的外れであるといえる

 「これは良い考え方を知った」
 「このアナグマの話に限らず、どこぞのネット上でなんぞの炎上騒ぎが起きた際は、」

 『みなさん落ち着いてください、炎上の元となった人の言動は、そんなに変というわけでもないんですよ』
 『というのも、似たようなことが地球上のどこそこで発生しているんですよ、しかもたくさん発生しているんですよ』
 『ゆえに、いま起きている炎上騒ぎは、批判する側が間違っているという理屈になってしまうんですね』

 「という感じでなだめてあげると良いわけだ」
 「そうすれば、さかんに批判していた人たちも、『うむ、論理的に正しいなだめ方である』と納得して帰ってくれるわけだ、要メモメモ」
・・・・・
 以上でメモを終えるとする。ここでメモした内容を思考に組み込んでどうにかした暁には、ネット上で笑いを取りながら一人で勝っている私の姿を読者様にお見せできるだろう。
ラベル:一石二鳥

2017年01月04日

ネタ話『論理的な記事と感情的な記事を書いたあとで嘆いたニセ科学批判の初心者』

 その初めてブログを開設したAさんは、決意を述べました。
 「今日から僕は、ニセ科学批判の記事を量産するんだ
 「記事のスタイルは、余計なことは言わず、ただニセ科学の問題点についてのみ語るスタイルにするんだ」
 「そのほうが、読者さんの思考にダイレクトに伝わるんだ」

 さっそくAさんは、ニセ科学について淡々と語る記事を書いて公開しました。
 「ニセ科学は、社会のリソースを無駄に消費する存在なんだ」
 「ニセ科学は、僕たちの銭と健康と人生を奪う存在なんだ」

 「そんなのお断りな僕たちは、科学的に怪しい説を聞いたときに、すぐさま正体を見きわめるための高い科学リテラシーを身につけておくんだ

 「既存のニセ科学批判ブログやウエブサイトを読み、ニセ科学の特徴を学び、科学的な考え方を習得し、ネット上で見かけたニセ科学的な説に向かってどんどんツッコミを入れる僕たちになるんだ

 すると、傍観者のBさんが現れて言いました。
 「うむ、シンプルで分かりやすい記事である」
 「だがしかし、我輩はともかく、普通の一般市民にとっては素っ気ない記事で面白みが0である
 「もっと、感情を前面に押し出した記事を書くべきである」

 「そうすれば、記事の表面的な部分しか見ない一般市民たちの思考に届くのである」
 「以上で、我輩の感想を終えるとする」
 「一傍観者にすぎない我輩は、Aさんの返事を確かめず、ただROMに去るのみである」

 それを聞いたAさんは、納得しました。
 「なるほど、感情が少ない記事は読者さんの受けが今ひとつなのか。僕の内なる感情を、素直に出せばいいのかな?」

 さっそくAさんは、感情を前面に押し出したニセ科学批判の記事を書いて公開しました。感情の出し方は、漫画の「北斗の拳」に出てくるモヒカン風にしました。
 「ヒャッハッハ、ニセ科学批判だあ!」

 「ニセ科学は、社会のリソースを無駄に消費する存在だあ!」
 「そんな汚物なニセ科学は、消毒だあ〜!
 【ぼわあ〜っ!!】
 「はっはっは、ニセ科学め、土下座しろ! もっと、消毒して欲しいか!」

 「ああ? おい見ろよ、あのイケダハヤト氏がホメオパシーを肯定的に紹介してたらしいぜ?」
 (googleで「イケダハヤト氏のホメオパシーの紹介記事」で検索した結果
 「ニセ科学すら利用してまで、銭が欲しいんだとよ〜!
 「それを一部の読者から批判されたら、」
 『この私は、紹介しただけの立場。あとは、消費者である皆さんの、自己責任

 「という感じの返しで自己正当化をはかるところなんざあ、テンプレどおりのリアクションでつくづく失笑させてくれる炎上芸人だよなあ〜! ヒャッハハ、ゲラゲラ
 「おっと、イケダハヤト氏の主張を変な角度から擁護する者が現れやがったぜ?」

 『ホメオパシーの紹介はともかく、EMの肥料については、紹介したり購入したりすることに問題ありません
 『なぜならば、EMの肥料は宣伝文句こそニセ科学的ですが、中身は他で売られている肥料となんら変わりはない普通の肥料だからです
 『ゆえに、EMの肥料を紹介したり購入したりする人に対して、部外者である私たちがあれこれ口出しする行為は絶対に間違っており、絶対に黙って傍観しているべきという結論になります』

 「おい、一般市民のみんな、聞いたかよ!? EMの肥料は、中身が他の肥料と同じだから、購入してもなんら問題は起きないってよ?」
 「だったら、言った本人がじゃんじゃん購入してあげたらいいという理屈になるよなあ〜?」

 「なにせ、一切問題は起きないと自分で断言しているんだからよ〜」
 「というわけで、己の貴重な銭をEMの肥料につぎ込んであげろ、あげろ〜、ヒャッハッハーっ」
 「……と、こんな感じのニセ科学批判で良いのかな? 良しとしよう」

 すると、別の傍観者のCさんが現れて言いました。
 「今度の記事は、感情的な言葉が散りばめられているから、面白い記事としては合格なの」
 「でも、肝心のニセ科学のなにがどうダメなのか、事情を知らない一般市民の思考に少しも入らない記事になっているの。よって、ニセ科学批判としては不合格な記事なの」

 別の傍観者のDさんも言いました。
 「ひたすら感情論を書き連ねるニセ科学批判では、一般市民がついてきませんわ」
 「感情と論理のバランスに考慮した記事を、心がけるのですわ」

 「そうすれば、論理的な記事が好きな一般市民と、感情的な記事が好きな一般市民の関心を、同時にゲットできるのですわ」
 「これまでの漫然なブロガーから、戦略的なブロガーに脱却するのですわ」

 それを聞いたAさんは、納得しました。
 「なるほど、論理と感情のバランスが程よくとれた記事を書いてこその、ニセ科学批判ブロガーなのか。この場合の程よくって、どんな感じなんだろう?」

 「とりあえず、予稿を書いてみよう。ことわざにも、『ならうより慣れろ』とあるし」
 さっそくAさんは、論理と感情をバランス良く配合した記事の作成に取りかかりました。

 そこへ、「悪しき相対主義者なんかではありません、深山の頂きから世俗のニセ科学批判者たちの活動を見下ろしている普通の傍観者です」という雰囲気を出しているEさんが現れて言いました。
 「まともな科学とニセ科学は、相対的に同じです
 「まともなビジネスとニセ科学的なビジネスは、相対的に同じです」
 「論理的な記事と感情的な記事は、相対的に同じです」

 「以上の三つの例から見ても分かるように、この世に存在するあらゆる事象は相対的に同じです
 「ゆえに、ニセ科学を批判することは無意味であり、今すぐに中止して沈黙を保つべきという結論になります」

 「この結論に反論する人は、視野が狭い井戸の中のブロガーとして、この私から認定されることになります」

 「以上は、自宅の狭い書斎の真ん中に置いた安楽椅子に座り、紅茶を片手にAさんのブログをざっと眺めた私の、個人的な思索です
 「私の個人的な思索を鵜呑みに信じて行動して後に起きた問題の責任は、すべてAさんが負うことになります。かしこ」

 それを聞いたAさんは、嘆きました
 「論理的なニセ科学批判の記事を書いて公開すると、ダメ出しされる」
 「感情的なニセ科学批判の記事を書いて公開すると、ダメ出しされる」
 「論理と感情のバランスがとれた記事を準備していると、そもそもニセ科学を批判すること自体が無意味とダメ出しされる」
 「結局、僕の言論活動は全否定されるんだ

 やる気スイッチがオフになったAさんは、ブログを閉鎖して消えました。
 以上、「論理的な記事と感情的な記事を書いたあとで嘆いたニセ科学批判の初心者」というお話でした。

 教訓:『この話は、初心者がニセ科学批判を行う際に、過去に行われていたニセ科学批判批判のいろいろなタイプを知って対策を準備しておけば長続きするということを教えています』
ラベル:疲れ 北斗の拳

2017年01月02日

ネタ話『昨日と今日で違うことを言って勝ったニセ科学批判批判ブロガー』

 そのブロガーであるAさんは、ニセ科学批判批判の記事を公開しました。
 「世のニセ科学批判クラスタは、科学と関係がない他の分野のインチキに言及してはいけない

 「科学的なインチキだけに的を定めて批判しなければいけない」
 「たとえば、あの江戸しぐさをニセ科学批判クラスタが取り上げて言及するなど、もってのほかである」

 「というわけで、世のニセ科学批判クラスタは、科学と関係がない他の分野のインチキに口出しすることを、今すぐに停止したまえ」

 このAさんの記事を読んだニセ科学批判者のBさんは、感想のコメントを投稿しました。
 「ニセ科学を批判している人だから他の分野のインチキに言及してはいけないという主張は、無理があると思います。それよりも、」
 『他の分野のインチキを批判しても良いし、批判しなくても良い。どのようなインチキを批判の対象に選ぶかは、人それぞれで自由である
 「という主張をしたほうが無難だと私は思います」

 その翌日、Aさんは新しい記事を公開しました。
 「世のニセ科学批判クラスタは、科学と関係がない他の分野のインチキも取り上げて言及する義務がある

 「それにもかかわらず、科学的なインチキだけに的を定めるとは、何事か」
 「口出しする対象を、自分の得意分野だけに制限するとは、何事か」
 「そのような怠惰な自分に甘んじて余生を過ごそうとするとは、何事か」

 「というわけで、ニセ科学批判クラスタは怠惰な生活を今すぐに中止して、この世に存在するすべてのインチキな説に言及する作業に取り掛かりたまえ」

 Aさんの新しい記事を見たBさんは、感想のコメントを投稿しました。
 「言っていることが昨日と違うようですが、一日で考えを改めたということでしょうか」
 「ならば、その旨を説明する文章を追記したほうがよろしいかと思いますが、いかがでしょうか」
 「そうすれば、世の人々から、」
 『あのブロガーの言葉は、示唆する内容が一日ごとにコロコロ変わっている、日めくりカレンダーにおまけで付いている占いの言葉と同じ状態ですわ
 「と言われる事態を防ぐことができます」

 Aさんは反論しました。
 「この私は、ボランティアでニセ科学批判クラスタを監督してあげている傍観者である」
 「そんな私に向かって逆に指示を出すとは、何事か」
 「他人の私に対してあれこれ偉そうに指図する不遜なB氏は、分をわきまえるという思考を身に着けたまえ」

 それを聞いたBさんは、困惑のコメントを投稿しました。
 「いや、私はAさんに監督して欲しいなどとは一つも頼んでいませんが……。他人に向かって偉そうに指図している人は、Aさんのほうなんですが……」

 Aさんは、「やれやれ、分からん者に言っても分からんものは一生分からんのだな」と言って、その後は知らん顔しました。

 Bさんは、さらなるツッコミを入れようとしましたが、
 「いや、あのAさんの態度にあきれた他の読者たちが大いにツッコミを入れるはずだ、ここは様子を見ているとしよう
 と考えてツッコミを控えました。

 Aさんのブログの愛読者たちは言いました。「Aさんの言うとおりだ」
 「世のニセ科学批判クラスタは、昨日は科学以外の分野のインチキを批判する資格がなく、今日は科学以外の分野のインチキを批判する義務がある」
 「それにもかかわらず、飛躍した論理でドヤ顔を決める的外れなBさんは、林に赴いてムササビ夜間行動でも観察していろ」

 それを聞いたBさんは、ハイなリアクションを見せました。
 「フヒャハー! Aさんの態度に疑問を呈したら、逆に私の評価が下がってしまったぜベイベーっ!!」
 「ほんとこの世は、裏目だらけだぜーっ! フヒ、フヒャ、ハー!!」

 次にBさんは、ローなリアクションを見せました。
 「天から見ている空飛ぶスパゲテッィ・モンスターさま。縮めて言うと、スパモンさま。理不尽な信用低下に追い込まれた私を、お救いください」
 「このような事態のときにこそ、スパモンさまのお力を発揮して、私をお救いください」
 「願いが叶った時は、ビールを樽で捧げます」

 しかしながら、スパモンからの返事はありませんでした
 Bさんは、がっかりしました。
 「ああ、今の私には、ニセ科学批判を引退するしか道は残されていないのだ」

 言い終えたBさんは、ネット上から姿を消しました。
 こうしてAさんは、一人のニセ科学批判者の活動を停止させることに成功しました。

 以上、「昨日と今日で違うことを言って勝ったニセ科学批判批判ブロガー」というお話でした。
ラベル:疲れ

2017年01月01日

「ニセ科学批判に関する質問の例と回答の例」の、ちょっとした練習です

 (練習、始め)

 質問A:「ネット上で活動する全てのニセ科学批判者たちは、統一された怒りのもとで行動しているって、本当ですか?」

 回答A:「はい、本当です。そのような主張を振られた我々は、ツッコミを入れるというお約束の行動を選択します」

 質問B:「ネット上で活動する全てのニセ科学批判者たちは、議論の途中で都合が悪くなると相手を強制的に黙らせようとするって、本当ですか?」

 回答B:「はい、本当です。不思議な論理を述べ続ける論者の行動は、我々の気力を奪って沈黙に至らせます」

 質問C:「ニセ科学批判者たちが公開するコメントは画一化されていて、」
 「しかも主張の内容は、昔から同じことを延々と繰り返しているだけって、本当ですか?」

 回答C:「はい、本当です。もちろん、ネット上で意見表明する際の心情や文章のスタイルは人それぞれで違うわけですが、」
 「コメント送信ボタンを押すという行動は画一化されており、昔から延々と繰り返し押されてきました」

 質問D:「ニセ科学批判者たちが運営するブログでは、科学的な物言いをする人の投稿しか許可されないって、本当ですか?」

 回答D:「いいえ、何事にも例外はありまして、その昔に菊池誠教授が運営していたkikulogでは、」
 『この科学絶対主義者たちめ! 見えざるピンクのユニコーンを敬うと言え!
 「という感じのセリフを述べる人の投稿も、許可されていました」

 質問E:「ニセ科学批判者たちのブログを愛読しても、ニセ科学被害の根本的な解決には繋がらないので無意味だと主張するブロガーを、私は他所で見かけことがあります」
 「そのブロガーの主張を聞いた当時の私は、圧倒的な説得力を感じました」
 「しかしながら、そのブロガーの主張に納得して愛読者になる人が激増したという話を、私は聞きません」
 「一方で、ニセ科学批判者たちのブログを見捨てる人が激増したという話も、私は聞きません」

 回答E:「この場合、そのブロガーの存在そのものに気がついていない人が多いだけという可能性が高いです」
 「日頃からニセ科学の被害に悩まされている人々は、既存のニセ科学批判よりも役に立つ解決方法を示してくれる新たな論者の登場を、常に待ち望んでいます」
 「あなたが感じたという説得力がでなければ、近い将来そのブロガーのところに圧倒的な数のニセ科学被害者が訪れることでしょう」

 質問F:「ニセ科学批判者たちに向かって散々に罵倒の言葉を浴びせた後で、」
 『戦略的な私は、君たちとの議論をより深みがあるものにしたいと思い、あえてヒールを演じていたのだ、本当の私は善人ですよ』
 「という言動を見せる論者が、仮にネット上で実在したとします」
 「この場合、その論者を疑うことなく善人とみなして良いのでしょうか?」

 回答F:「はい、その論者を善人とみなして良いです」
 「他人を散々に罵倒した後は、なにかしら言い訳を述べて罵倒した事実を正当化したくなるものです」
 「その論者は、自分を正当化するという正直な態度を見せています」
 「正直イコール善です。ゆえに、正直者は常に善人であるという結論になります」

 質問G:「ネット上で活動しているニセ科学批判者たちは、菊池誠教授が言うことを頭ごなしに信じ込む人たちばかりに見えます
 「明らかに菊池誠教授が変な主張をしたときでも、他のニセ科学批判者たちが真っ向からツッコミを入れる場面を、私は一度も見たことがありません」
 「ニセ科学批判者たちは、思考が停止している己を反省すべきではありませんか?」

 回答G:「それが意外にも、次のようなリアクションを採用する論者の出現は、停止していないのです」
 「菊池誠教授が新たに公開したツイッターを読み終えると、ただちに否定を呈したり、ただちに揶揄を呈したり、」
 「ただちに嘲笑を呈したり、ただちに風刺を呈したり、ただちに被せのボケを呈したり、ただちに無視を呈したり……」
 「このように、菊池誠教授がネット上に発するツイッターは、他の論者たちにとって格好の獲物であり、」
 「自分自身の考えをネット上で表現する際の、下敷き的なネタとして扱われているのです。思考を停止している暇がありません」

 質問H:「ニセ科学批判の連中は、今日もまた偉そうに説教しているが、」
 「あんな偉そうな態度を見せても、上辺の優しい雰囲気しか見ない一般大衆が聞き入れるわけがないことくらいは愚者にでも分かることであり、」
 「くだらん言論をネット上に増やしているだけの連中である」

 回答H:「仰るとおりです。今もまた、一つ増えてしまっている有り様です」

 質問I:「いやあ、君たちニセ科学批判の活動も、一般の市民たちから色々と誤解されているようで、大変だねえ。たとえば、」
 『そんなにニセ科学批判が偉いのなら、今すぐ全ての人類に高度な科学リテラシーを授けてみせろ!』
 「などと、逆襲のシャア風のセリフを言ったりするような、」
 「ないものねだりしか頭にない一般の市民たちには、困ったものだよねえ」
 「他人に向かってないものねだりをしている暇があるんだったら、自分自身で行動を起こせって言いたくなるよねえ」

 「ところで君たちニセ科学批判者は、いつになったら私が満足するジャンルの記事を書いてくれるんだろうねえ?」
 「たとえば、あの『ガリガリ君』は、ドイツ表現主義の映画の『カリガリ博士』を凍らせたものか否かを検証する記事とか、」
 「キョウチクトウアンチクトンの語源の関係について考察する記事とか、」

 「アニメソングとアニソドンテアの語源の関係を考察する記事とか、」
 『アニマルプラネットを視聴していたら、なぜか野生の暮らしに憧れる自分が居たけれど、よく考えてみると、あんな不便な環境で一生を送る自信はないし、現状のライフスタイルの維持でマーイーカ?』
 「という感じの記事とか、」
 「そういった記事を君たちが書いてくれることを、もう随分まえから私は待っているんだけどねえ?」

 回答I:「ご自身でどうぞ」

 質問J:「ニセ科学批判は、宗教ですか?」

 回答J:「いいえ、空飛ぶスパゲッティ・モンスター(注:縮めてスパモンと言います)を本気で尊敬しているニセ科学批判者の数は0です」

 質問K:「この宇宙空間に存在する全てのニセ科学批判者たちを論破した暁には、私は宇宙一の勇者に成れますか?」

 回答K:「はい、スパモンより弱い勇者に成れます」

 質問L:「スパモンの存在を否定するリチャード・ドーキンスを、完全論破しました! ゆえに、この私はスパモンよりも強い存在になりました!!」

 質問L:「いいえ、スパモンよりも少し弱い存在です」

 質問M:「あなたはスパモンよりも強い存在ですか?」

 回答M:「私がスパモンです」(……どやっ)

 質問N:「スパモン カイトウ アリガトウ

 回答N:「こちらこそありがとうございました、地球外生命体さま」
 「時間が余りましたので、これより私は、『あざーっすという言葉の語源はアザトースである』という説が嘘かまことか、ショゴスに聞いてこようと思います」

 (練習、終わり)

 内なる声:(ふむ、ニセ科学批判の話題に詳しくない一見さんでも直ぐに理解してくれる質問と回答に仕上げることができた、よしよし)